『列仙全伝』:研究(一) |
第二節 『消揺墟経』と『仙佛奇踪(蹤)』について《10p》 |
2-4 諸本の目録と伝記本文との相違 |
以上、『仙佛奇踪(蹤)』の諸本について簡単に紹介してきたわけであるが、最後に諸本間の異同とは別に、この『仙佛奇踪(蹤)』には目録と本文の間で立伝順や立伝人物の氏名に錯誤がまま見られるので、その点について整理を行っておきたい。 まず続道蔵に収められている「消搖墟経」についてであるが、目録と本文の間に順序の相違がいくつか見られる。 【続道蔵本の立伝順序の相違】 目録 本文 青烏公 彭祖 彭祖 青烏公 劉海蟾 黄安 黄安 劉海蟾 劉晨 浮丘伯 浮丘伯 劉晨 梅福 蕭史 蕭史 梅福 費長房 黄初平 黄初平 費長房 王質 黄野人 黄野人 司馬眞人 陶弘景 王質 司馬眞人 陶弘景 次に四庫本の立伝順の相違についてであるが、続道蔵本において相違していた例のうち、三例もが相違の仕方そのままで四庫本でも錯誤している。この例なども続道蔵本の「消搖墟経」は四庫本系統の『仙佛奇踪(蹤)』を元ととして、そこから「消搖墟」の部分を抜き出したものであるとの推測を裏付ける。 【四庫本立伝順の相違】 目録 伝記本文 巻二 梅福 蕭史 蕭史 梅福 巻二 費長房 黄初平 黄初平 費長房 巻二・三 王質 黄野人 黄野人 司馬眞人 陶弘景 王質 司馬眞人 陶弘景 最後の例などは、目録によるなら王質・黄野人・陶弘景までが巻二で、司馬眞人から巻三ということになるが、実際本文では黄野人までが巻二で、それ以外は巻三なのである。また順序が異なるだけでなく、その立伝者の姓名も微妙に異なっている次のような例もある。 【続道蔵本目録の姓名の相違】 目録⇒本文 太上老父⇒太山老父 葛仙翁⇒ 葛仙公 張果老⇒ 張果 馬丹陽⇒ 馬■(金に玉)陽 【四庫本目録の姓名の相違】 目録⇒本文 葛仙翁⇒葛仙公 張果老⇒張果 馬丹陽⇒馬■(金に玉)陽 これらの例も前条同様両者の密接な関係を示す例とすることができる。ちなみに太上老父に関しては、一見続道蔵本だけの例ように思えるが、2-2(■頁参照)でも述べたようにそもそも四庫本では太上老父の伝が欠落している。月旦堂本については、目録と本文の間に際だった相違はないように思われるが、ただ一点目録では玄眞子の名を玄貞子と誤っている。その他諸本間の相違については表1を参照されたい。また、絵像に書き込まれた名と伝記本文の姓名が相違する例も見られるが、煩瑣になるので省略する。 |
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