『列仙全伝』:研究(一)
第二節 『消揺墟経』と『仙佛奇踪(蹤)』について《11p》

 2-5 大谷大学図書館所蔵『列仙伝』について
 
 最後に、大谷大学にはこれまで述べた『仙佛奇踪(蹤)』とは別に『列仙伝』と題する不思議な書物が所蔵されている。(注31)『列仙伝』と題されてはいるが、これはいわゆる劉向が撰した『列仙伝』とはまったく別物であるし、無論『列仙全伝』でもない。ただ『列仙全伝』や『仙佛奇踪(蹤)』と同様に絵像が附された仙伝である。もともと四冊本であったものが、現在は第一冊目が欠本となっているため、本来いかなる表題がつけられていたか明らかではなく、各冊に内題のようなものも記されていない。しかし各葉の魚尾上方にははっきりと「列仙伝」と記されてあり、図書館の目録等ではこれをもって書名としている。(以下「大谷本」と略称)
 しかし、内容とその絵像を一瞥すれば、これは明らかに『仙佛奇踪(蹤)』の仙伝部分「消搖墟」なのである。一冊目が欠本であるため「仙引」が存在したかどうかは不明であるが、巻末に附されるはずの「長生詮」は存在しない。またその内容も二冊目からしか残っていないため、巻二相当部分(具体的には張道陵の絵像及び伝)からが残されているに過ぎない。刊記等も一切なく、いつ頃制作されたものか、はたして中国のものなのかどうかも明確ではない。
 しかし、この書物を詳細に検討したところ、興味深い事実がいくつか明らかになった。先程も述べたように現存するものは巻一を欠いているので、検討対象も必然的に現存する巻二以降にならざるを得ない。その結果、立伝されている人物、あるいはその順序は、四庫本とほとんど同一であるが、四庫本と比べると麻衣子・韓湘子・葛仙翁(葛玄)・黄野人の四名が欠落している事が明らかになった。(詳細は表1を参照。)また、この大谷本の体裁で特徴的なことは、一葉の行数は別として、一行の字数が四庫本と同じ十八字ということである。(一葉の行数は大谷本は七行、四庫本は八行。) さらにいくつかある文字の異同ーーその多くは魯魚の誤りではあるがーーを詳細に比較した結果、大谷本の誤りの多くは、四庫本に拠ったために起こった誤りであるという興味深い事が判った。
 そもそも四庫本には汚損・あるいは虫害などによって所々の文字が欠け、空格になっている個所がある。そうした個所のいくつかは、後世何者かの手によって補われてもいる。しかしその補修が更なる誤りを呼び込む原因ともなっており、事実大谷本においては、そうした補修部分に多くの誤りが見られるのである。そこで四庫本に拠ったためと思われる誤りの例をいくつか列挙してみよう。

 【凡例】
   *名前の上の数字は表1と対照用
   *『全』は『列仙全伝』
   *『消』は続道庫本『消搖墟経』
   *『四』は『四庫本』
   *『月』は『月旦堂本』
   *『列』は大谷大蔵『列仙伝』
   *『三』は『三才図会』

 三十四呂巖
    ○『全』鳳眼朝天
     『消』鳳眼朝天
     『四』鳳眼■□(「入」の補修あり)
     『月』鳳眼□入 
     『列』鳳眼彩入
     『三』略
     *『月』『列』の「入」の文字は『四』の補修によるためと考えられる。

    ○『全』子速備後事可也
     『消』子速備後事可也  
     『四』子速備愆爭可也
     『月』子速備愆爭可也
     『列』子速備愆爭可也
     『三』略
     *『月』『列』ともに『四』の誤写をそのまま踏襲。

 四十一何仙姑
    ○『全』因餌之
     『消』因餌之
     『四』□□之
     『月』乃服之
     『列』乃服之
     『三』因餌之
     *『月』『列』ともに『四』が空格のため誤る。
               
    ○『全』毎朝去
     『消』毎朝去
     『四』毎朝□(「出」の補修あり)
     『月』毎朝田
     『列』毎朝出
     『三』毎朝去
     *同前。
 
 五十六張栢端
    ○『全』劉奉眞遇紫陽於王屋山 
     『消』劉奉眞遇紫陽於玉屋山
     『四』劉奉眞遇紫陽於王屋出
     『月』劉奉眞遇紫陽於王屋出
     『列』劉奉眞遇紫陽於王屋出
     『三』略
     *『月』『列』ともに『四』の誤写をそのまま踏襲。

 五十八爾朱洞
    ○『全』爾朱洞
     『消』爾朱洞
     『四』□□洞
     『月』歸洞
     『列』歸洞
     『三』爾朱洞
     *『月』『列』ともに『四』の空格部分二文字を一文字として誤る。

    ○『全』見其身自榻而升
     『消』見其身自榻而升
     『四』見其身自□而升
     『月』見其身自窓而升
     『列』見其身自地而升
     『三』略
     *同前。
 
    ○『全』故純陰剥消
     『消』故純陰剥消
     『四』故純陰剥□
     『月』故純陰剥落
     『列』故純陰剥陽
     『三』略
     *同前。
 
    ○『全』其人刀自堕而走
     『消』其人刀自堕而走
     『四』其人刀向堕而走
     『月』其人刀向堕而走
     『列』其人刀向堕而走
     『三』其人刀自堕而走
     *『月』『列』ともに『四』の誤写をそのまま踏襲。
 
 以上のような諸例を見れば、大谷大学蔵の『列仙伝』が四庫本を元にしていることは明らかである。のみならず、実は月旦堂本も四庫本に拠っていることが知られる。では大谷本と月旦堂本の間には何か関係はあるのだろうか。たとえば今挙げた諸例の中にも、両本で同じような誤りがあるが、まったく異なった誤りや、大谷本は誤るが月旦堂本は誤っていないという、次のような例も見られる。
 
 五十八爾朱洞
    ○『全』逆旅主人
     『消』逆旅主人
     『四』□□主人
     『月』逆旅主人
     『列』近旅主人
     『三』略

 この例などは、四庫本空格の部分が月旦堂本では正確に修正されているが、大谷本では誤った「近旅」という形になっている。またごく少数ではあるが、次のような例も見うけられる。

 三十四呂巖
    ○『全』洞賓與衆共渉
     『消』洞賓與衆共渉
     『四』洞賓與衆其渉
     『月』洞賓與衆其渉
     『列』洞賓與衆共渉
     『三』略 

 この例は月旦堂本は四庫本の誤りを継承しているが、『列仙伝』は「其」の文字を正しく「共」に作っている。こうした例がいくつか存在することから考えても、伝本の系統としては、四庫本→月旦堂本→大谷本という継承関係は考えられず、むしろ
    四庫本 → 月旦堂本
          → 大谷本
という並列的な継承関係を想定したほうが良さそうである。

 また、別な形での四庫本と大谷本との関係を窺わせる箇所がある。それは大谷本『列仙伝』巻二・呂純陽(呂洞賓)の伝に存在する。この伝は大谷本中でも五葉十一頁に及ぶ長文なものなのであるが、その三葉目表面の四行目から四葉目裏の二行目までの数行にわたって錯誤が存在するのである。この部分の数行は、本来もっと後半にあるべきなのである。
 こうした錯誤が起こった原因を探ったところ、この部分は四庫本ではちょうど四葉目の表裏に当たっている事が分かった。すなわち、一葉、二葉と写してきて、次に三葉目が来るはずなのが、四葉目を持ってきてしまい、その後で三葉目をつなげているのである。このような錯誤は、四庫本に拠ったため起こったと考える以外の原因は考えられず、大谷本は間違いなく四庫本を紛本にしていると断言してよいだろう。言い方を変えるなら、『列仙伝』と題するこの大谷本は、四庫本『仙佛奇蹤』から仙伝部分である「消揺墟」だけを抜き出して作成されたものなのである。そういう意味では続道蔵本の『消搖墟経』と同じ性格を持つ書物なのである。
 
[注釈]
2−5
注31 『列仙傳』四巻三冊(第一巻缺) 所蔵番号 外大二三五〇
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