あの日の部屋で
一人の部屋に低く流れる
メロディーの中へ あなたをさがす
すり切れてはいるけれど
あの日と同じレコードが
静かにまわってゆく
あの日と同じ この部屋で…
一人の部屋のマドを濡らす
春の雨音に あなたをさがす
からっぽになったけれど
ぼくの心は 同じ文字を
書いては やぶる
あの日と同じ この部屋で
詩人はイメージに
人は常に見えない何かに
支えられたり
ふりまわされたりして
生きていけるんじゃないかと思う
それは
愛とか 生きがいとか
言うものかもしれないし
あるいは
男であることや 女であることに
救われていたりする
哲学者は思想の
詩人はイメージの
そして
ぼくは 人生の奴隷だと
ふと 思ったりする
そして
人はいつも
そんなものからぬけ出そうと
あがいている
木精
静まりかえった谷間に住むという
木精の話しを あなたは聞いたことがありますか……
何年か前の月曜の朝
小鳥たちの背に乗ってやってきて
雪のとけた火曜の朝に
たくさんのつぼみを木から木へと
咲かせて歩き
雨の降った水曜の朝
清れいな雫を集めてまわり
いつも木曜はお休みで
日ざしの強い金曜には
そっと地面に陽隠をつくり
すずしくなった土曜の朝に
小熊といっしょに木の実を食べてた けれど
いつも哀しい日曜の朝
人間たちに追われて旅に出た
|
この頃やっと
傷ついたつもりで
ほんとうは君ばかり
傷つけていた
愛されなくなったのは
つらいことだけど
愛せなくなった君だって
きっと つらかったに違いない
やさしさなんて
どこにもあるものじゃなく
心の中にだけ響いてくるものだけが
ほんとうの やさしさなんだと
この頃やっと わかりかけてきた
ぼくは与えていたつもりで
ほんとうはいつも
奪ってばかりいた
バカなこと
こうやって
降りそそぐ雨を
飲みこんでしまえば
少しは哀しみが
薄らぐかもしれない
どうしたって
逃げていくものは
つかまえておけないし
だから こうして ぼくは
雨のしずくばかり 見つめている
サヨナラを 言いながら
笑ってみせるなんて
そんな器用なまねができなくて
雨といっしょに
涙を飲みこんでいる
雨の季節の中で
一人思う哀しみは
ガラスを伝う雨のしずく
ぼくの濡れてる 瞳の奥を
濡れたガラスが映し出す
夢なら見させて いつまでも…
一人見る海は
カモメもいない雨の海
ぼくの波立つ 心の奥を
白い荒波が押し流す
明日など信じた ぼくがばか…
初秋
一人 夜行列車に乗り込むと
突然 雨が 降り出してきた
夜明け
小さな町に降り立つと
どこからか潮の匂いがする
白くただよう ぼくの息が
そこに冷たい空気があるのを教えてくれる
そっと そっと
秋が ぼくの心をたたく
|