偽鑑先生の作文講座 その四
四、表現技法(修辞法)―比喩表現を楽しもう《10p》
 
  (「七、(漢文のお話し抜きで)対句」のつづき) 
 
 対句だったのである。中国では杜甫なんかが対句の名人だったりするのだけど、それは漢文の授業でやるので、さっきも言ったとように、ここでは止めておくのである。中国人に限らず日本人だって、対句表現はわりと好きで、音韻的な問題とも絡み合って、枚挙の暇がないほど歌には良く使われたりするのである。そんな中から一つ、二つ例を挙げておきます。まずは散文の例。


 ・言葉は、危険な玩具であり、あてにならない暗号だ。 
  その信憑性のなさへの疑心が私に詞を書かせ、
  その信憑性のなさへの信心が私に詞を書かせ、
  ……
  黙っていても愛し合える自信がないから、もう少しだけ、私はまだ詞を書くつもりでいる。
               (「中島みゆき全歌集」の「詞を書かせるもの」より)


 しゃれているというか、キザったらしいというか、偽鑑先生の敬愛する丸谷才一の言をもってするなら、文章は「気取って書け」なのである。(いいですか。「丸谷才一に言わせれば」じゃなくて「丸谷才一の言をもってするなら」なんですよ。これもまさしく「気取って書け」なのである。でも、素人が真似してやり過ぎると単なるアホキザになりますから注意するように。孔子先生のお言葉を思い出しましょう。何事も「ホドホド」が大切です。)
 ハイ、次は歌詞にみる対句です。少し複雑な対句の例を。


 ・赤い花ゆれる 愛されてゆれる
  愛されて頬そめて 恥じらっている。
  白い花ゆれる うつむいてゆれる
  愛されることなくて 恥じらっている
             (「愛される花 愛されぬ花」中島みゆき)


 「赤い花」に対して「白い花」が対句になるのですが、すぐ出てこないで、間に一行ありますね。こうやって少し離れて出てくるのを、中国では「隔句対」というのである。(ウーン、素人には言えませんね。「隔句対」をもってくるなんて漢文の先生の面目躍如というところである。そろそろ自我自賛をしなくては続きを書くのが辛くなってきたのである。かと言って、そう簡単には止めないのである。学生は教師の人質のようなもので、教師が解放しないかぎり自由はないのである。……なんて思ってませんよ。ウーン、文部省も日教組も、PTAも、教育評論家も、学生本人もそう思っているのに違いないのに、口に出すと抗議を受けるという絶対矛盾のワナにはまってしまったのである。偽鑑先生は誓ってそんなこと思っていないのである。学生諸君に必要なことだから、お互いに辛いのは我慢しましょうね。と、最初からこう言っとけば、なんの問題もなかったのである。本音と建前が渦巻く中、まだまだお話……じゃない、修辞法は続くのである。


 八、(いよいよ大詰め)その他の修辞法
 

 今まで述べた以外の修辞法」(表現技法)についても、思いつくまま述べていこう。たとえば、文体というのも、修辞法の一種ふぁという考え方もできるのである。偽鑑先生が書いているような、こういうおふざけスタイル(文体)というのも、これはこれでちゃんと深い意図ある修辞法だったりすのるのである。
 それから、文末の形、これも重要です。いわゆる「デス・マス調」だとか「デアル調」だとか「ダ・シタ・ダッタ調」だとか、どれを選ぶかという問題や、同じ調子ばかりを続けず、どう変化をつけるかなんて問題まで意識しなければならないのである。そういう偽鑑先生自身も常に意識はしているつもりなのである。 それから前期に少しやったように、文一つ一つの長さをどうするか、どういうリズムで書くのかという問題もある。当然緊迫した場面などを書くときは、短いセンテンスで、畳み掛けるようにビシッ、ビシッ、と行くべきだし、心地良いリズムに乗せて読者を引っ張っていくというようなテクニックも必要だったりする。そのためには書きながら声に出してみるという作業が必要なこともある。偽鑑先生は言葉が不自由なのでやってはいないが、注意はしているのである。わざわざ学生に声を出して読ませたりするのもそのためで、読ませてみて初めて、ここは直したほうがいいなぁと気付くこともあったりするのだ。
 さらに句読点というのも、芸術的文章では重要な修辞法だったりするのである。前期はわかりやすさのための句読点ばかりやったが、実際は修辞法としての句読点にまで進むのが本来の在り方だと思っているのである。しかし、そこまで行くには、諸君はまだまだ修行が足りないのである。偽鑑先生にとっても、それは十年早いと言われかねないことなのである。
 とまぁ、修辞法の話しだすと、取り留めがなくなってしまい、そもそも日本語を選択しているのも一つの修辞法ではないかと思えてくるのである。だからそんな話はこのくらいにしておいて、こうした修辞法とは別に、文章を書く際に大切なことをもう一つ、ついでに言っておくのである。それは「推敲する」ということである。知ってますか、遂行ではなく推敲ですよ。ああ、金魚を飼う、それは水槽!じゃぁ、遠足に持ってく。それは水筒!プールで。水泳!うどん粉で作る。すいとん!二度目の結婚。再婚!今夜は。最高!どんどん離れていくのである。それじゃ吹田にあるのは。空港!保管するのは。倉庫!文章を書き直すのは。推敲!やっと出たのである。
 昔、中国に推豚足(スイトンソク)さんと敲万稚気(コウマンチキ)さんという……これでは清水義範の物真似なのである。漢文の先生はちゃんとしたことを書くのである。昔、中国に唐という国があって、そこにカトウという詩人がいたのです。けっしてカトウ茶とか、カトウ改めの鬼の半蔵ではないのである。カが姓でトウが名なのである。漢字で書くと「買島」というように、どっかの島の名前のようで、何だかちっとも信憑性がなかったりするが、仕方ないのである。この買島さんがある時、とっても素敵な詩の一句を思い付いたのである。それは「僧推月下門(僧は推す月下の門)」というもので、「坊さんが月明かりの下で門を推し開いてる」なんて、坊さんが夜這いでもしてるのかなと、不謹慎なことを考えてしまうくらい、素人にはどこが素敵なんだかさっぱりわからん文句だったりするのである。ところが買島さんはこの句が大層お気に入りなのである。
 ただ一つ気にかかるのは、「僧は推す」よりも「僧は敲く(たたく)」にしたほうがいいんではなかろうかということなのである。買島さんは「推」にしようか「敲」にしようかと、たいへん思い悩んでいたのである。それも、事もあろうに大通りで驢馬に乗りながらである。思い悩むのは結構だが、そんな事は家でゆっくり風呂にでも入って悩めばいいものを、と文句を言ったって聞いてくれる買島さんではないのである。周りのものが危なっかしくて困るのだが、そんなことはお構いなしだったりするくらいの買島さんは悩んでたのだよ、と理解しておくのが正しいのである。そんなだから、とうとう向かいから来る人と衝突してしまったのである。「何するんじゃい、われ。いてもうたろか」というヤの字のつく人じゃなかったのが不幸中の幸い。その人はど偉い役人で、と言うことは当時を代表する大詩人でもあるカンユという人だったのである。カンユたって鯨からとる肝油ではありませんよ。韓愈というその道では有名な人なのです。その、韓愈が買島さんに言うには「そりゃ君、敲の方がいいやろ。」こうして二人は馬を並べて、詩についてあれこれ語り合ったとさ。ということで、詩や文章を作るのに、あれこれ工夫したり、苦心することを「推敲」と言うようになったのである。さぁ、これ、ほんと。
 でもなんで「敲」の方がいいんだろう。不思議に思いませんか。この話が出てる『唐詩紀事』という書物を書棚から引っ張り出して見たのだが、どういうわけか理由はまったく書いてないのである。そういういい加減な話が中国には多いのである。だがそれを「いい加減な」と解釈してはいけないのである。理由は読者にゆだねられているんだ、理由は読者がそれぞれ自分で考えなければいけないよということなんだと、漢文の先生は実に先生らしく、なんの疑いもなく、善意をもって、教育的解釈をするのである。(チェッ、何言ってんだ、糞ったれが!と、誰かの心の中にいる悪魔がつぶやくのである。)
 この句にある「僧」も「月下」も、言ってみれば「静」なのである。そこへもってきて「推」(おす)だと、また「静」なのである。「静・静・静」と単調なのは芸がない。それに対して「敲」(たたく)なら「動」なので、「静・静・動」となる。だから「僧は推す」よりも「僧は敲く(たたく)」のほうがいいと、韓愈は言ったのである。そういう話を何かの本で読んだ記憶はあるのだが、どの本に出てたのかさっぱり思い出せなかったりする偽鑑先生なのでありました。
 とにかく工夫しなさい、悩みなさい、そうすればひょっとしていい文章が書けますよ。(当然だめな場合もある。偽鑑先生は努力がすべてを解決するとは思っていないのである。どう頑張ったって、悲しく、辛いことでもあるが、才能という不可触の部分も人間にはあるのである。しかし、不可触なだけに、才能の有無は結果論にすぎないとも言えるのである。)文章を書くときには、何度も書いては読み返し、手直ししては読み返しということをしなければならないのである。そういう偽鑑先生も、こんな下らない文章を書くために何度書き直しをしていることか。書き直すたびに自己嫌悪に陥って、全部やめにしようと、何度思ったことか。
 たとえば、文章を書いていて、「私は」とするか「私が」とするかで、何日も悩むことだってあるである。何日も悩んで「私は」と書いて、師匠に見ていただくと、「君ここは『私が』にした方がいいよ」なんて言われて、師匠にそう言われると、何日も悩んだ事なんて関係なく「私が」の方が良さそうに思えてきて、さっそく直してしまったりするのである。そのくらに師匠というのは偉大だったりするのである。偽鑑先生もそういう師匠になりたいと思っているのだが、偽鑑先生が生徒に向かって同じようなことを言っても、誰も聞いてくれないどころか、へたすると「あのバカ、なんか訳のわかんねぇこと、グチャグチャほざいてるぞ。ちょっと、おとなしくさせたろか。」なんて怖い目にあったりして、まだまだ修行が足りないなぁと反省することになるのである。なにかの論文を書くということになると、もう徹夜とヒステリー、自尊心と自己嫌悪の繰り返し、自信と不安の葛藤、焦燥と安堵の毎日で、また血圧が上がって倒れるなんて事になりかねないのである。
 それは西田先生だって同じで、苦心惨憺脂汗たっぷり流して、出来上がったのものは、できることならばしばらくは見たくもないなんて事になりますよね、西田先生。昨年、偽鑑先生が入院中に漢文を教えに来てくださった、カッコのいい素敵な吉井先生だって、ヒステリーを起こして、ものを投げつけて壊すことがよくあるという話を聞かされたことがあるし、その昔、論文執筆中、過労のため肝炎を起こして入院した経験をお持ちだったりするのである。
 そうなると推敲なんて生易しいものではないのだけど、たかが学者先生だって、そのくらいには命懸けで文章を書いているのである。だから、文章を粗末にする人に対しては、とっても腹が立ったりもするのである。君たちもせめて、少しくらいの推敲はしましょうね。ということなのである。言い方は穏やかで優しいけど、裏に含まれている怖さを、そろそろ読み取れるようになりましょうね。
(この章続く)
 
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