偽鑑先生の作文講座 その四
四、表現技法(修辞法)―比喩表現を楽しもう《1p》
 

 一、(おなじみのなくてもいいような)前置き
   
 今回は、「表現技法(修辞法)」がテーマなのである。四作目にして、やっと国文特講にふさわしい題目が登場したのである。そのうえ、事もあろうに「表現技法(修辞法)」と漢字七文字なのである。これは、漢文の先生としては、風呂上りの冷えたビールくらいには心地の良いことなのである。しかし、ひょっとすると、「漢字二つまでなら我慢するけど、七つはちょっと多すぎるんとちがう。」と、口には出さないけど、腹の底では思ってるなんて人がいないとも限らないので、少しなら表現をかえてもいいかなと思っているのである。
 たとえば「素敵な作文を書いて、先生に褒めてもらえて、その上さらによい点数までもらえるようになりたい、そんなあなたのための工夫あれこれ」というような、君たちの現実的欲望をくすぐるような題目にしてもいい。あるいは「男の子たちを振りかえさせる、素敵な文章に見せるための、プロが教える最新文章お化粧法。3つのポイント!」なんてファッション雑誌風でもかまわない。あるいは「ご主人を大喜びさせる文章のテクニック!なんと図解入り! 四十八手、ご指南します。」というような、夜一人でこっそりと読みたくなるようなのは、さすがにまずいだろうな。やはり大学の講義である以上、副題までつけて、「表現技法(修辞法)を考える。――特に比喩を中心として――」というようにしたほうが、教わるほうも有難味がわいて、「先生様ありがとうごぜぇますだ。ほんにまぁ、苦労して授業料払ってるかいがあったというもんだ。なぁ、おっかあ、おめぇからもちゃんと先生さまにお礼言っとくだ。」と、手を合わせて感謝されたりするのである。
 戯れ事はこのくらいにして、授業をするのである。今回は、まるっきりそのままテキストに使えるようなきちんとしたことばで、(やたら仮名ばかりで、小学生向きの文章だなぁと、漢文の先生としては、少し不満なのである。)文部省の教科書検定にだって合格するくらいに品行方性な、どこからも苦情や抗議や不平・不満や文句のでないものにするので、皆さんもそのつもりでいるように。(教科書検定に合格するためには、マスコミや外国やちゃんとした人からは苦情や抗議が出たほうがいいような気もするな。ウーン、初めから困った問題に触れてしまったなぁ。どう言っても無事ではすみそうもないので、そういう時は、いきなりノーコメントで先へ進むのである。「ノーコメント」なんて汚職大臣か大企業の言い逃れみたいでどきどきするのである。どきどきついでに「弁護士さんに全部お任せしています。」と、芸能人みたいなことも言っておこう。)
 文学作品であろうが、君たちの作文であろうが、あるいは他の様々な手法による表現……たとえば、絵画、彫刻、音楽に演劇、踊り、漫才、落語にコント、定義はあいまいだが、その分便利なパフォーマンス、ストリートキングにヌーディスト、おまけにストリップ。(これだって、立派な自己表現なのである)こうした表現をする時、常に考慮しておかなければならない二つの問題がある。簡単に言うなら、「何を」「いかに」表現するのかという問題である。少し説明を加えて、その分ちょっと難しい言い方をすると、たとえば文章を書く時、 その文章に盛る内容は、いかなるものなのか、どんな哲学や思想や感動や思いを表現しようとするのかという、内容、内実の問題がひとつ。一方、その問題に対置するように、あるいは密接に関連して、そうしたもの(内容)をどのように表現するのか、どんな形で、どんな飾り付け(修辞)をして表現するのかという外面・外見の問題がある。
 日本および西洋について、この「内容と修辞」という問題がどう扱われてきたかというような専門的な話は、国語学の西田先生の領分でもあるし、へたなことを言って恥をかいても困るので、一切触れないのである。そういうことは西田先生におそわりましょう。漢文の先生は、当然のように中国の話を持ってくるのである。(ただでさえ眠いのが、もっと眠くなるようなほうへ行きそうだが、仕方ないのである。)
(この章続く)
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