三教指帰注集の研究
第二章 「成安注」の写本三種について《3p》
 
(「三、尊経閣文庫蔵本について」の続き)
 
 次に、「大谷本」と比較・対校した結果について述べると、「尊経閣本」は「天理本」とは異なり、全体的に「大谷本」に近いものであるといえる。注釈の形式も「大谷本」と全く同じであり、頭注・脚注についてもほぼ同じ位置に書き加えられている。また、両者に使用されている文字、特に異体字が大変よく一致している。太田氏は、「尊経閣本」に見られる特殊な異体字の一覧を前掲の論文中に挙げておられるが、それらすべてが「大谷本」においても同様に用いられており、この面からも両者が非常に近い関係にあることが推察される。ただ、「大谷本」が独草体の比較的くずれた文字で書写されているのに対し、「尊経閣本」は整った楷書体で書写されている。ところが、「尊経閣本」を詳細に検討してみると、誤写であると思われるものがいくつか見られるので、その例を次に挙げる。(括弧内は太田氏の挙げる「尊経閣本」での通巻行数)
羅■(目ヘンに侯)洗鉢便破破爲五(19・20)
 この「行」は「片」の誤り。大谷本は「■(ガンダレに千)」。天理本は判読できず。
列子曰文曰有貧者(41)
 この「文曰」は「斉」の一字を二文字と見誤ったもの。大谷本「■(文の下に曰)」天理本「夭の下に曰」
聿脩一■(女ヘンに丁)意(199)
 「一■(女ヘンに丁)」は大谷本では「■(女ヘンに干)」とあり、小字で「其也」との注記あり。天理本「其」。また「意」は大谷本では「■(二の下に曰、さらに下に心)」とあり、これは「徳」の異体字である。天理本は「意」
漢書云西南夷傳有雀門(1440)
 「雀門」は「■(山かんむりの下に隹、さらに下に凹)」の誤り。大谷本・天理本ともに「■(山かんむりの下に隹、さらに下に凹)」。また尊経閣本にも「セキ」の訓がある。
 いずれの例も誤写であることは、「大谷本」との比較により明らかである。特に三番目の例については、「尊経閣本」のままでは全く意味が通じないが、「大谷本」によって『詩経』に原拠を持つ言葉であることが判明する。
 次に、「尊経閣本」に用いられているヲコト点については、すでに太田氏によって第五群点の浄光房点であることが指摘されているが、「大谷本」については同じ第五群点ではあるが円堂点が用いられている。このヲコト点の相違は、両者の書写された環境――寺院・宗派等の――を示すものとして注意が必要であろう。(この項続く)
 
前頁《2p》へ戻る   次頁《4p》へ続く