『列仙全伝』:研究(一)
第一節 『列仙全伝』について《5p》

 1-5 玩虎軒本『列仙全伝』の構成と「後記」について
 
 A)の玩虎軒本は、万暦二十八(一六〇〇)年の刊記 を有す鄭振鐸先生旧蔵原刻白棉紙初印本影印本である。 その構成は、まず巻頭に濟南李攀龍撰、新都汪雲鵬書の 「列仙全伝序」があり、次に「有象列仙全伝目録」が続 く。 以下各巻ごとに伝記本文を載す。各巻の初めには 「呉郡 王世貞輯次/新都 汪雲鵬校梓」と編纂者と目 される王世貞の名前が記される。 ただし九巻目だけは 「新都後學汪雲鵬輯補」となっている。絵像については 各巻巻末にまとめて配列されているが、はたしてこれが 原本の体裁のままであるかどうかは注意を要する。 とい うのは、後に述べる正大本や、玩虎軒本に拠った和刻本 では、各人の伝記本文中に絵像を挿入しており、あるい はそちらの方が本来の形であり、版画叢刊作成のおり、 これを摘出して各巻の末にまとめたとも考えられる。ま た後に引く後記によると絵像は原寸大であるが、伝記本 文は四葉分を一葉に縮印している。さらに巻末には汪雲 鵬自身による万歴二十八年の年記を持つ後序がある。最 後には「列仙全伝後記」が続く。
 この後記は、筆者の知り得るほとんど唯一の『列仙全 伝』に関する研究であるとも言え、貴重な指摘がいくつ かなされている。大変長文であるので、特に重要と思わ れる部分を転載し、紹介してみたい。
 
 (「列仙全傳」後記
  ○我國的神仙傳記、以題名漢劉向撰「列仙傳」二卷爲最早、此後葛洪、孫夷中、杜光庭、沈汾等人、相繼有所撰述。北宋初年樂史撰「總仙記」一百三十卷、當爲集成之作、但已失傳。這部「列仙全傳」九卷、所収五百八十一人、起自上古、迄於明代弘治末年、在現存同類書籍中、當爲内容最豐富的一種。……本書「傳」文是根據各種有關舊籍輯録的、但文字與舊籍所記頗有出入。 
 ここでは所収されている人数を五百八十一人としてい るが、これは附伝された仙人をも含めた全九巻の総人数である。ただし玩虎軒本の目録では巻六には五十一名し か記載されていないが、実は王皎という仙人の名前が抜 け落ちている。この王皎も含めて五百八十一である。また、筆者の確認したところ、全五百八十一名のうち附伝 のものは六十一名である。玩虎軒本では、附伝の場合、 名前の下に「附」の一字を付けるのを常とするが、この 「附」の文字が抜け落ちている例もいくつか見られる。
 また、後に述べる簡体字版の出版説明では四百九十七名 という数字が挙げられている(一ー二で引用した『道教 事典』中にも同様の数字が挙げられている。)が、これ は汪雲鵬の輯補した九巻目の人数を除いた数字である。(注16)更に、汪雲鵬自身の後序には、立伝人数は五 百八十一人、そのうち絵像を附した人数は二百二十二人 と記されている。(注17)しかし、この二百二十二人 という人数はどこから出てきた人数であるか不明である。 玩虎軒本、あるいは後に述べる諸本いずれも、絵像の葉 数は百九十三葉である。一葉に複数の人物が描かれている場合があるが、どのように勘定したらこの二百二十二 の数字が出るのか筆者には判断がつかなかった。
  後記の末尾部分には、この『列仙全伝』は「内容豊富ではあるが、伝文の多くは先行する諸書から輯録したもの が多く、ただ文字に大変出入(異同)が多い。」という指摘がなされているが、これは筆者が序文で述べたこととも関連するが、『列仙全伝』の持つ価値の一端に触れたものでもある。
 
  ○前八卷署「呉郡王世貞輯次」、而李攀龍序文又説是他自己「乃捜羣書……合而梓之」的、這裏顯然存在着矛盾。看來所謂李序和王輯、皆非事實、而是書賈的故弄玄虚。因爲李、王的著述目録中從没有「列仙全傳」、而「滄溟集」中也不見此序。且此書刻於萬暦二十八年、去李之死已三十年、去王之死也已十年、當時文壇、李、王聲名仍盛、冒名牟利、想亦書賈恆情、而這個作偽者可能就是本書的刊行者汪雲鵬。
 この部分で特に注意を要するのは、李攀龍の序文や王世貞が編纂したというのは事実とは異なり、これは「書賈的故弄玄虚」であるという指摘である。 言うまでもなく、李攀龍、王世貞と言えば、明代を代表する文人であり、『明史』には「天下亦並稱王、李」と記される人物である。(注18)後記では「二人の著述目録中には『列仙全伝』の名が見えず、李攀龍の文集である『滄溟集』中にもこの序が見えない」と記す。さらに「万歴二十八年という年は李攀龍の死後三十年も経過しており、 王世貞の死から数えても十年を隔てている。当時の文壇での二人の声名の高さを借りて利をなそうとした一書賈の思いつきであり、これはまさに刊行者汪雲鵬の企てである。」と断じている。
(注19)確かに王世貞は単なる文人として高名だっただけではなく、いわゆる史家としての才能もあったようで、包遵彭氏は「王世貞及其史学」という論文中で、その著作や学問の特質について論じているほどである。(注20)そうした人物であればこそ、伝記類の編纂者として仮託するには格好の人物であり、多少年上ではあるが、王世貞と関係の深かった名文家李攀龍が序文を草しているとするなど、なかなかの思いつきではある。 李攀龍という名で思い起こされるのは、我が国でも愛読者の多い『唐詩選』ことである。『唐詩選』も李攀龍の撰とされているが、実は彼の編した『古今詩刪』の中から唐代の部分だけを抜き出し、 その巻頭にこれも彼の文集である『滄溟集』の中から「選唐詩の序」という文を取ってきて出版したものである。(注21)なお、沢田瑞穂氏も『列仙全伝』の編纂者について次のように述べておられる。(注22)
 ……その序跋にいうところは、いささか注意を要する。その序は「済南李攀龍撰」と題するが、李氏の『滄溟集』にも見えないから、例の客寄せの仮託で、実は汪雲鵬の序であろう……
 後記の記述は、さらにこの汪雲鵬について次のように記す。

 ○汪雲鵬是萬暦年間徽州的一個書賈、他的書舗名「玩虎軒」、刻了許多有精美挿圖的書籍和通俗戲曲。據今所知、尚有「出相元本琵琶記」・「紅拂記」(見「西諦所藏善本戲曲目録」第三――四葉)及「養正圖解」(見「劫中得書續記」八十八頁)等。
 この部分は序文で触れているので省略する。(「1ー3頁参照)
  ○我們從刻書地點和單面挿圖的方式看、已知它是屬於新安派的版畫、而刻工雋雅秀麗、精密細巧的風格、也表白了它自己的流派身■(ニンベンに分)。刻工姓名見於書中的有黄一木。黄家爲當時版畫鐫刻的世家、名手輩出、如黄伯符、黄暘谷、黄奇、黄■(燐の火ヘンを金ヘンに)、黄惟敬等皆是、而萬暦三十八年起鳳館刊「元本出相北西廂記」的刻手黄一楷和黄一彬、當是黄一木的兄弟行。畫工未留姓名。畫面變化不多、局稍嫌呆板、人物造型、個性不■(多に句)突出、與刻工未能相稱。但也有不少■(彳に艮)好的作品、如稽康操琴圖和王道眞百尺樓圖等、都是極堪賞玩的。 
 後記氏によると、『列仙全伝』の版画は明末清初に活躍した山水画の一流派である新安派に属すという。 刻工の姓名として書中には「黄一木という名が見える」とあるが、この名は汪雲鵬書の序文の末尾に見えるものである。さらにこの「黄一木」という刻工の名はそのまま和刻本の『列仙全伝』にも見えるが、和刻本ではこれとは別に巻二の太陰女の絵像の左上部に「曽章刻」という刻工者の名前が見える。 
 ○本書傳本不多、所傳又多爲次印本或清初重修本。□北京圖書館所藏、爲清初コ讓堂重修本、上海圖書館及北堂圖書館所藏皆次印本。我所今用鄭振鐸先生舊藏原刻白棉紙初印本影印、爲所知傳本中最好的一種。版畫部分按原尺寸製版、文字部分以四葉縮成一葉影製、仍使圖文並茂、以便讀者參閲、一併説明如上。
ここに記されている各版本については、いずれも筆者未見である。

 [注釈]
注16 簡体字版 出版説明  
『列仙全伝』全名為『有象列仙全伝』計九巻、収自遠古至明初伝説中的仙人計四百九十七位、如算上附見諸仙、則多達五百八十一人。……
  また李攀龍の序には「共得四百九十七人、合而梓之、名曰列仙全傳」(共に四百九十七人を得て合して之を梓し、名づけて列仙全伝と曰う)となっている。
注17  列仙全伝後序 
    ……共□五百八十一人而有像則二百二十二人……
注18  両人ともに『明史』巻二百八十七 列伝一百七十五 文苑伝三に伝記が見える。
      李攀龍(一五一四〜一五七〇)字は于鱗。山東歴城の人。
      王世貞 字は元美。太倉(江蘇省)の人。生卒年については次の注を参照。
注19  李攀龍の卒年は『明史』によると一五七〇年であり、万歴二十八年は彼の「死後三十年」であるという記事に問題はない。王世貞の生卒年に関しては二説ある。『明史』には「年十九、舉嘉靖廿六年進士」万暦「廿一年卒於家」とあり、ここから逆算すると嘉靖八(一五二九)年生、万歴二十一(一五九三)年卒となる。一方、包遵彭氏の「王世貞及其史学」(中国史学叢書所収『■(合に廾)山堂別集』附録・台湾学生書局・一九六五年)によれば、銭大マは「■(合に廾)州山人年譜」中で王文粛公の「神道碑」等から嘉靖五(一五二六)年生、万暦十八(一五〇三)年卒を唱えており、包遵彭氏も賛意を表している。後記の作者もこれによって死後十年と述べているものと思われる。
注20  注19参照。
注21 四庫全書総目提要 三十九集部・総集類存目二
    【唐詩選七卷】 内府藏本
   舊本題明李攀龍編唐汝詢註蒋一葵直解攀龍有詩學事類汝詢有編蓬集一葵有堯山堂外紀皆已著録攀龍所選歴代之詩本名詩刪此乃摘其所選唐詩汝詢亦有唐詩解此乃割取其註皆坊賈所爲疑蒋一葵之直解亦託名矣然至今盛行郷塾間亦可異也
  李攀龍の「選唐詩序」は、『滄溟集』巻十五に収められている。
注22  注7に同じ。



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