『列仙全伝』:研究(一)
第一節 『列仙全伝』について《2p》

 1-2 『列仙全伝』その評価と受容
 
 かくして元代の『歴世真仙體道通鑑』の登場において、中国の仙人伝は集大成されたかのごとく感じられる。実際この後現れるものは、 『三教源流捜神大全』のような伝記類と呼ぶよりはいわゆる小説類に属すものであったり、地方志類に多く材を取ったと思われる 『古今図書集成』のようなものが多い。(注2) 
 そんな中、『歴世真仙體道通鑑』に遅れること四百年ほどにして、 『列仙全伝』という書が上梓される。しかしこの書に対する評価には、現在に至るまで中国のみならず、わが国においてもあまり芳しいものが ない。たとえば斯界における論文等を検索してみても、管見の及ぶ所ではめぼしい研究は皆無に等しく、近年盛んに出版される道教関係の概説書 ・事典類においても、この『列仙全伝』に言及しているものはほとんど無い。たとえば『道教と中国思想』(講座道教第四巻)中の「仙伝文学 と道教」の項のおわりには、「最後に唐宋期以後の重要な仙伝集について一瞥しておこう。」とあるが、『列仙全伝』の名前は一向に出てこない。(注3) 
 また、平河出版社の『道教』一〜三の索引にも『列仙伝』や『歴世真仙體道通鑑』 などの書名は見えるが、『列仙全伝』の名は見えない。(注4)同じく平河出版社の『道教の神々』では、ただ一ヶ所徐福の解説に際して 『列仙全伝』を用いて解説を加えているが、最後で「おそらく、『史記』の記述の方が正しく、『列仙全伝』の方は、後世のお話にすぎまい。」 と述べるに終わっている。(注5)更に、平河出版社の『道教事典』には、『列仙全伝』という項目は立てられてもおらず、ただ『列仙伝』の 項に「通俗的には明の汪雲鵬の四九七人の仙人を集めた『列仙全伝』九巻がある。」と、簡単に触れられているにすぎない。(注6) 
 こうした評価がなされる要因について知るには、沢田瑞穂氏の『列仙伝・神仙伝』の 解説中にある次のような意見が参考になるであろう。(注7)
 
  
また万暦二十八年(一六〇〇)に安徽新安の書賈汪雲鵬が『有象列仙全伝』全九巻を刊行、上古より明の弘治末年に至る仙人五百八十一人 を録した。各伝の出所も記さない俗本であるが、…(下線筆者)
 
  ここに記されているように、中国における書物評価の基準の一つである、 典拠が明らかにされているかどうかという点において、この『列仙全伝』は甚だ問題の多い書物なのである。そのため学問的信頼性に欠け 「通俗的」という一語でもって切って捨てられ、これまで学問的研究の対象とはされないできている。これとは対称的な『歴世真仙體道通鑑』に 対する評価の一例を次に示すことにしよう。(注8)
 趙道一の「編列」に「其の間の道を得たる真仙の事述、之を群書に捜し、之を経史に考し、之を仙伝に訂して成る」とあるように、 それぞれに基づくところがあり、比較的詳細で参考に値する伝記となっている。
 
また、『列仙全伝』は、張国祥が収集した万暦の「続道蔵」にも収められていないという事態が、 当時のこの書に対する評価を端的に物語っている。(注9)
 
 しかし、こうした現状の一方、盛んに用いられる書物でもあるのだ。それは、たとえば先にもあげた『列仙全伝』の項目すら立てられていない平河出版社の『道教事典』の 中でも、本文の補足・参考程度としてではあるが、盛んに『列仙全伝』からの絵像が引用されている。(注10)また、新人物往来社刊『「道教」の 大事典』の「真人伝・仙人伝」の項では、各仙人の解説に附された絵像は、キャプションこそ付けられていないが、すべて『列仙全伝』のものである。 (注11)その他近年出版される啓蒙書・一般書の類でも、仙人が登場すると決まって『列仙全伝』の絵像が利用される。(注12)
 
 [注釈]
1ー2
注2  清・陳夢雷等編「古今図書集成」の神異典第二百二十二から二百五十九巻までには、千四百五十三名に及ぶ仙伝が収録されている。
注3  講座道教第四巻『道教と中国思想』 雄山閣出版社 平成十二年
     第二章 土屋昌明「仙伝文学と道教」百六十八〜百九十二頁
注4  福井康順他監修『道教』一〜三、平河出版社、一九八三年
注5  窪徳忠著『道教の神々』 平河出版社 一九八九年、二百五十六頁
注6  『道教事典』 平河出版社 一九九四年 六百十六頁
注7  劉向+葛洪『列仙伝・神仙伝』沢田瑞穂訳・解説 平凡社ライブラリー
                  一九九三年 四百四十七―四百四十八頁
注8  土屋昌明「『歴世真仙体道通鑑』と『神仙伝』(『国学院雑誌』九十七―十一、一九九六年)
注9  『列仙全伝』の成立は万暦二十八(一六〇〇)年と考えられるので、正統『道蔵』には、当然のように収録されていない。
注10 具体的には以下の頁に引用されている。
     一八二頁 呉猛、  四三五頁 東王公、  四八九頁 王子喬、  五九〇頁 藍采和、  
     五九五頁 李鉄拐  
    この中で三番目の王子喬の絵像のキャプションは「『列仙伝』より」となっているが、これは『列仙全伝』の誤りであろう。
注11  坂出祥伸編『道教の世界を読む・「道教」の大事典』新人物往来社 一九九四年四百二頁〜
注12  いちいちの例をあげるのは煩瑣になるので、ここでは最近の一例をあげるにとどめる。
      菊地章太著『老子神化・道教の哲学』道教の世界シリーズ3、春秋社、二〇〇二年 百六頁・百七頁に東方朔と范蠡の絵像が『列仙伝』からとして採録されているが、この絵像も列仙全伝』からのものと思われる。
 
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