『列仙全伝』:研究(一)
第一節 『列仙全伝』について《1p》

 1-1 仙伝類の変遷

  中国人の表の生活、言わば公の世界を律する思想が儒教であるとするなら、それに対する裏の、 私的世界を支配する思想の一つが道教であると言える。また、道教は中国人の現世肯定の考えを極端なまでに推し進めた結果現れた思想であるとも 捉えることができる。その道教の中で中核をなす思想のひとつが神仙思想であり、人々が憧れ、追い求めた理想の姿が仙人≠ニいう存在に結実し、 それら仙人の事績や在りようを記したものとして仙人伝が生まれてくる。
  劉向の編した『列仙伝』や葛洪の『神仙伝』を嚆矢として、中国では歴代数多くのいわゆる仙伝が編まれてきた。そこに収録される仙人の数も 時代を追うごとに増え、またその内容も時代を歴るごとに豊富に、……むしろ荒唐無稽と言った方が良いほどの伝説化・神格化が進む。試みにそうした 仙伝類の変遷と、そこに収載された人数の推移を次に示そう。(注1)

 
「列仙伝」上下二巻(前漢・劉向撰) 七十名(七十二名)
「神仙伝」十巻(西晉・葛洪撰) 九十二名(百十七名)
「続仙伝」三巻(五代・沈汾撰、「道藏」所収)  三十六名
「仙伝拾遺」(五代・杜光庭撰、「説郛」所収)  九十九名
「神仙感偶伝」五巻(五代・杜光庭撰、「道蔵」所収) 七十五条
「■(ヨウ・土ヘンに庸)城集仙録」六巻(五代・杜光庭撰、「道蔵」所収) 女仙のみ三十七名
「仙苑編珠」三巻(五代・王松年撰、「道藏」所収) 三百名余
「疑仙伝」三巻(宋・王簡撰、「道蔵」所収) 二十三名
「江淮異人録」一巻(宋・呉淑撰、「道蔵」所収) 二十五名
「三洞羣仙録」二十巻(宋・陳葆光撰、「道藏」所収)  千名余
「集仙伝」十三巻(宋・曽慥撰、「説郛」巻四十三所収) 百六十二名余
「太平広記」第一〜七十巻(宋・李■(ボウ・日ヘンに方)等編)  神仙・女仙の条 二百五十八名
『歴世真仙體道通鑑』 五十三巻・続編五巻・後集六巻
 (元・趙道一撰、「道蔵」所収) 九百一名
 
[注釈]
第一章 1ー1
注1 収録された人数については、諸書を参考として推定したものも含まれ、附伝の数え方などにより多少は前後する。
和刻本『列仙全伝』
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