中国の図像を読む
第六節 黄金バットは中国生まれ?《4p》

 四、蝙蝠文あれこれ―基本パターン―
 
 前節でも述べたように、明代以降、蝙蝠文様も重要な吉祥文の一つに数えられるようになるのだが、 一口に蝙蝠文といっても、実に多様なバリエーションがあり、その用いられ方は一様ではない。そこで、各種の文献を参考に (注14)そのパターンを整理して示すことにしよう。
 
   1、五福
 
 蝙蝠文様中、もっともポピュラーなものは三図四図に見られるような五匹の蝙蝠を描いたものである。 これは、二匹であっても三匹であってもならず、 五匹でなければならないのである。ラッキーセブンや、末広がりの八、あるいは中国における最大陽数九のように、数字はそれ自体が重要な象徴性を持つのであるが、 蝙蝠文の場合も、この五という数字に重要な寓意が隠されているのである。
 中国の重要な古典・五経の一つに『書経』という書物があるが、その中の一節に人間の求める五つの幸福ということで、五福という言葉が見られる。
   『書経』 洪範
五福、一曰壽、二曰富、三曰康寧、四曰所好徳、五曰考終命。
 最後にあげた「終命を考(な)す」というのは少しわかりにくいかもしれないが、簡単に言えば「平穏な死を迎える」。「畳の上で死ぬ」ということである。 ここに挙げられている五つのものを見てみると、長寿、財産、健康、死にぎわというように、はなはだ具体的・現実的なものであり、中国人が常に「生」を その幸福の根本においていたことが知られる。ただ一つの例外は、四番目の「徳を好む」という項目であるが、これも考えようによっては、 現実的なものであるといえよう。なるほど、こういう国から儒教は生まれても、決して仏教は生まれようがないなと思わせる。

三   図
五福紋
(『吉祥図案手冊』より)
 

四   図
五福図
(『吉祥図案手冊』より)
 ところでこういった中国人の幸福感について興善宏氏は次のように述べている。(注15
 時代的、歴史的な変化が幸福観にあるかというと、中国では、基本的にはその変化はないといえるでしょう。三千年間それが一貫しているということが、 中国文明の一つの大きな特質であろうと思います。しかしその中には、いま述べたようなアンチテーゼとしての荘子的な考え方もあります。ただし、 これはあくまでも知識人の間での考え方で、大多数の庶民は、前述したような「五福」を自分の幸福のイメージとして考えているに違いないのです。
 この庶民の幸福観を象徴させた図像の代表が、この五匹の蝙蝠を描いた図案なのである。ちなみに、三図四図 ともに図の中央に描かれているものは、「壽」という文字を図案化したもので、やはり長寿を象徴したものである。 このような単純な図案とは別に、同じ五匹の蝙蝠を描く場合でも、様々なバリエーションが考えられる。その一つが、五図にあげる 「福從天降」である。 この図は、天から降りてきた五匹の蝙蝠をふくよかな容貌をした子ども達が捕まえているという場面を描いたもので、福が降る、福を捕まえるという抽象的な意味をも 具象的に表現したものである。

五   図
福従天降
(『中国吉祥百図』より)
 六図にあげるものも五匹の蝙蝠を描いたものであるが、ここにはそれと同時に「盒」という蓋付きの器が描かれている。 題して、「五福和合」と呼ばれる図像である。 「盒」という器については第四節の恋愛吉祥文である蓮の花の項でも述べたので、くわしいことは省くが、表題ともなっている和合の意を表したものである。それゆえ、 この五福和合という図案は、婚礼の際の文物に用いられることが多い。(この章続く)
六   図
五福和合
(『中国吉祥百図』より)
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【注釈】
14、『吉祥図案手册』上海文化出版社
  『吉祥百図』中央民族大学出版社
  『中華吉祥物大図典』国際文化出版公司
  『吉祥図案解題』野崎誠近著 中国土産公司
15、「中国人の幸福観」『異域の眼』筑摩書房