中国の図像を読む | |
第六節 黄金バットは中国生まれ?《2p》 | |
二、蝙蝠はどんな味がする? |
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まずは手始めに歴史的にコウモリという存在が、中国ではどのように理解されてきたかを見てみることにしよう。
例えば、『爾雅』という古代の字書には、「蝙蝠」の名でコウモリについての記事があるのだが、そこにはいくつかの異名が記されるだけで、その他のなんら詳しい記事は
載っていない。(以下、中国に関する記事については「蝙蝠」の字を用いる。) ところが、晋の郭璞がつけた注の中に「仙鼠」という異名が追加されている。 この名称には単なる異名という以上の、重要な意味が込められている。すなわち「仙」という一字が神仙思想との結びつきを暗示している。 さらにそれを裏付ける資料として、六朝期以降に書かれた様々な記録がある。各種の類書が「コウモリ」の項に決まって引用する書物に『玄中記』という書がある。 ここでは、『藝文類聚』に引用されたものを紹介しよう。(注1) 玄中記曰、百歳伏翼、色赤、止則倒懸、千歳伏翼、色白、得食之、壽萬歳。この記事によれば、普通蝙蝠は黒い色をしているが、百年、千年と齢を重ねるごとに赤から白へとその体色を変えるといい、なおかつこれを食せば一万歳もの寿命を 保てるという。なんとも荒唐無稽な話ではあるが、ここに既に長寿という神仙思想の重要モチーフとの結びつきが見られる。 後世、唐の李白もまた、この白蝙蝠の噂を 耳にして、次のような詩を詠じている。 答族姪僧中孚贈玉仙人掌茶 李白(注2)余談ではあるが、この体色が白くなるという話にはこんな解釈もあったようである。それは、『本草經』という書物に出ている説なのであるが、こうもりは 鍾乳石の精汁を食するために、その色に応じて変化したものだというのである。(注3) さらに『太平御覧』には次のような引用が見られる。(注4) 水經曰、交州丹水亭下、有石穴甚深、未嘗測其遠近、穴中蝙蝠、大者如烏、多倒懸、得而服之、使人神仙。さらに次のような記事も存在する。(注5) 崔豹古今注曰、蝙蝠一名仙鼠、一名飛鼠、五百歳則色白脳重、集則頭垂、故謂之倒折、食之神仙。これらの記事には明確に蝙蝠を食すれば仙人となることができると書かれている。こうした伝承をさらに決定づける資料が『抱朴子』の中にある。 そのものずばり「仙薬篇」と題する部分に次のように書かれている。(注6) 千歳蝙蝠、色白如雪、集則倒懸、脳重故也、此二物得而陰乾末服之、令人壽四萬歳。陰干しを行い、粉末状にするなどという、やけに詳しい記事までが加わってはいるが、内容はほとんど先に引いた『古今注』と同様である。 やけに白いということが強調されているようにも思われるが、中国にはなんと「赤い蝙蝠」までもが存在(?)するのである。紅い花の蜜を吸う蝙蝠の話が、 『太平廣記』や『北戸録』の中に残されている。(注7) 紅蝙蝠、出隴州、皆深紅色、唯翼脈浅黒、多雙伏紅蕉花間、……南人収爲媚薬、…… (『北古録』巻一)仙薬になる白い蝙蝠とは異なって、紅い蝙蝠は媚薬になるというのである。いずれにしろすべてに共通するのは、蝙蝠は食べてこそ意味があるということである。 食べるといえば、『本草經』に目を通してみなければなるまい。『本草經』は先にも引いたように、医書であるから、当然そこには効用が書かれているが、 第一にあげられているものは眼病に効くということであり、二番目には「久しく服すれば人をして喜ばしむる」とその媚薬としての効用が記されている。 目によいというのは、夜暗闇の中でも平気で飛ぶところから考えられたものであろうが、媚薬になるというのは前に引いた紅蝙蝠の話が元になっているようである。 もっとも、参考までに記しておくと、注解の中には蝙蝠を食べておなかをこわして死んだという記事も引かれており、仙薬になるなどというのは方士の戯言だとも 記されているので、一度食べてみようなどとは思わない方がいいだろう。 | |
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【注釈】 1、『藝文類衆』巻九十七 蟲豸部 蝙蝠 2、『李太白文集』巻十七 3、『本草綱目』巻四十八 禽部 蝙蝠 【集解】白而大者蓋稀。其糞亦有白色、料其出乳石孔者、當應如此耳。 4、『太平御覧』巻九四六 蟲豸部 蝙蝠 5、『古今注』魚蟲第五 6、『抱朴子』仙薬第十一巻 7、『太平廣記』巻四百七十七にも「酉陽雜俎に出ず」として類似の文章を引く。 |