前章で最後に引いた詩の中には、蓮と並んで、もう一つの恋愛吉祥物である鴛鴦が詠われていたが、この鴛鴦についても少しだけ紹介しておこう。まずは、詩歌の例を一つご覧いただこう。
楽府七首 青青河邊草篇 (青々たる河辺の草篇) 傳玄(注H)
…… ……
夢君如鴛鴦 君を夢見るに鴛鴦の如く、
比翼雲間翔 翼を比べて雲間に翔ける
既覺寂無見 既に覺むれば寂として見る無く、
曠如參與商 曠として參と商との如し
…… ……
夢の中では二人は鴛鴦のように仲良く羽を並べて飛んでいたのに、目覚めてみると、ひっそりとして君の姿はない。遠く離れた恋人を思っての詩である。このように二人の仲の良い様を鴛鴦を使って譬えるのは、鴛鴦という鳥が一夫一妻を守る鳥と考えられてきたためである。
中国の古い書物には、次のような記事が見える。
『中華古今注』巻中 鳥獸第四
鴛鴦、水鳥、鳧類也、雌雄未嘗相離、人得其一、則一思而至死、故曰疋鳥。
(鴛鴦は水鳥、鳧の類なり。雌雄未だ嘗て相離れず、人、其の一を得れば、則ち一は思うて死す るに至る。故に疋鳥と曰う。)
あまりの仲の良さのため、一方が捕らえられると、もう一方は思いのあまり死に至るとまで考えられていたのである。
この鴛鴦を題材の一つとした、次のような話も伝わっている。
……あるところに、たいそう愛し合っている夫婦がいたのだが、姑は嫁のことをよく思わず、無理矢理二
人の仲を裂いて実家へ追い返してしまう。娘の実家では、いやがる娘に強く再婚を迫る。どうしても他の男
のもとへ嫁ぐことを承知できない娘は、ついに川に身を投げて自らの命を絶ってしまう。さらにそれを知っ
たもとの夫も、後を追うように首をくくって死んでしまう。両家の人々は、二人のことを憐れみ、夫の言い
残した言葉通りに二人の遺体を一つの墓に葬った。やがてしばらくすると、その墓のまわりには木が茂り、
いつしか二本の木の枝が絡み合って一本となり、その枝の上にはいつも二羽の鳥が羽を休め、悲しげに
鳴いていたという。この鳥が、すなわち鴛鴦だ。というのである。(注I)
この話は、中国人にたいへん好まれた話で、後世さまざまな詩の典拠ともなっている。
こうした鴛鴦は、単に男女の仲睦まじい様子を表す際に用いられるだけでなく、実際にしばしば夜具に刺繍されることがあり、「鴛鴦衾」「鴛衾」「鴛被」といった表現もあり、また、寝室に下げる帳に刺繍された「鴛鴦幔」と呼ばれるものもある。
次に挙げる詩は、そうした鴛鴦を刺繍した夜具が、はるか紀元前後の頃から中国人に用いられてきたことを示す一つの例である。
古詩八首 其五
客從遠方來 (客遠方從り來たる) 無名人(注J)
…… ……
文彩雙鴛鴦 文彩は雙鴛鴦、
裁爲合歡被 裁ちて合歡の被と爲す。
著以長相思 著するに長相思を以てし、
縁以結不解 縁するに結不解を以てす。
以膠投漆中 膠を以て漆中に投ぜば、
誰能別離此 誰か能く此を別離せん。
二人で使う夜具には、つがいの鴛鴦の模様をいれ、中には「長相思」をつめ、「結不解」で綴じようというのである。「長相思」(長く相思う)とは、「綿々と続く想い」という意味で、「綿」を表し、「結不解」(結ばれて解けない)とは、お互いの絆の強さを表すとともに、具体的には夜具を縫う糸をいうのである。言葉遊びによる吉祥物がふんだんに読み込まれた、いわば吉祥詩ともいうべき作品である。
ところで、夜具だけではなく、陶器類などの様々な文物に意匠として用いられた鴛鴦は、雌雄一対で描かれるのが常であるが、この鴛鴦の雌雄の見分け方をご存知だろうか。多くの鳥がそうであるように、一般に雄の方が美しい姿をしており、雌との際立った違いは二箇所、頭部に見られる冠毛とイチョウ羽・思い羽と呼ばれる飾り羽である。
論より証拠、実際に描かれたものをご覧いただこう。七図の手前に描かれている鳥が雄である。雌に比べると冠毛も豊かであり、何よりましてイチョウの葉の形をした飾り羽がその美しさを誇るように描かれている。このように、本来雌雄は、はっきりと区別されて描かれるのが正式(?)なのであるが、時として図像の上では手抜き……が行われる。
七図 八図
雌雄の鴛鴦 「鴛鴦貴子」
『中国の切り絵』よ 『中国吉祥百図』より
例えば、八図では雄の飾り羽は正しく描かれているが、冠毛に関しては区別がなされていない。あるいはまた九図に描かれたものは冠毛は区別はしているが、本来鴛鴦の雄の最も重要な特徴である飾り羽に関しては、はっきりとは描かれていない。さらに驚くべき例は、十図に挙げる陶枕に描かれた鴛鴦である。蓮の上に向かい合って立つ二匹の鴛鴦の姿をよく見ると、これは間違いなく両方ともが雄である。陶枕という存在……夜具の一種であることを考慮に入れるなら、そこに描かれた鴛鴦の意味するところは、疑いようもなく「愛」であるはずだ。にもかかわらず、描かれているのは二羽の雄の鴛鴦なのである。まさかその手の趣味を持った人のために作られたわけでもあるまいに。
九図 十図
「吉祥鉢・蓮池水禽文様」(部分拡大) 「三彩枕・鴛鴦文様」
『世界の文様3・中国の文様』より 『世界の文様3・中国の文様』より
更により中国的な例を紹介しよう。それは、『本草綱目』という薬学書に見える次のような記事である。
『本草綱目』禽部第四十七巻 鴛鴦
【主治】……夫婦不和者、私與食之、即相愛怜。
(……夫婦和せざる者、私かに與へて之を食わす、即ち相ひ愛怜なり。)
夫婦仲のよくない者には、鴛鴦の肉を食べさせれば立ちどころに仲睦まじくなるという。あの可愛らしい、吉祥物の、仲の良い鴛鴦を食べるというのである。日本人なら眉をひそめる人の方が多いだろうが、中国人は平気(?)なのである。仲睦まじいものを食せば自らも仲睦まじくなるという類感呪術の一種であるのだが、四足なら机以外、飛ぶものなら飛行機以外何でも食べるという中国人らしい発想である。
この『本草綱目』という書物を見ていると中国人の底なしの食欲にまったく驚かされる。いくら健康のため、薬としてとはいえ、赤土だの、石灰だの、石炭だのに始まり、蚯蚓や蜥蜴、はては蜘蛛や虱まで胃袋におさめるらしい。中には、鳳凰や猩猩など、どうしたら手に入るのかわからないものもあり、極めつけは最終巻に建てられた人部という項目である。髪や爪はもちろん、木乃伊から人骨、人尿までも薬として挙げられている。それらがどんな薬効を持つのか興味のある方は一読してみるのも良いかもしれない。
【注釈】 H『玉臺新詠』巻二
I『玉臺新詠』巻一 「爲焦仲卿妻作」
J『玉臺新詠』巻一
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