中国の図像を読む
第三節 魚紋アレコレ。《8p》
  (「三、鯉は龍の子供だった?(鯉魚紋)」のつづき)
(五)屋根の上に鯉がいる。でも鯉のぼりじゃないよ。

二 十 四 図
<朝鮮・李朝の鍵>
『鍵のかたち・鍵のふしぎ』より

二 十 五 図
<朝鮮・李朝の鍵>
『鍵のかたち・鍵のふしぎ』より
 二十四、二十五図にあげるものは、鯉が錠の意匠として利用された例である。 錠前と鯉を結びつける理由の一つは、先にも挙げた「鯉」と「利」との音通にある。財福の象徴という側面を鯉がもつ故に、それを守る錠前の意匠 として用いられているのである。しかし、どうも財福とは別の面からも両者の結びつきを解釈できる。というのは、これらの図像の引用元である 『鍵のかたち、鍵のふしぎ』という本を一見して気が付くのだが、鯉に限らず魚の図像が錠前類のデザインとして大変よく用いられている。(注11)
 そもそも錠前類は財産等の紛失を防ぐための道具である。その紛失の原因は多くの場合、何者かの手による盗難ということになるのだが、 時として盗難以外にも紛失の原因となるものがある。その主要な原因の一つが、火災による損失である。どんなに、堅牢な錠前でもって守ろうとも、 ひとたび火の災いを被ったならば、文字どおり全てが灰燼に帰してしまうのである。とすれば、本来盗難を防ぐためのものである錠前に、 防火の役割をも投影させようと人々が考えたとしても不思議ではない。その時に、防火……水……水棲動物……魚という連想が働くことも、 また当然のことである。水そのものを視覚化することの困難さにくらべれば、魚紋様の意匠化はより容易であり、更に美的観点の上からも、 その多様さ多彩さの上からもうってつけの図案であるといえるであろう。このように、鯉は魚一般を代表することによって、防火という役割をも 担っているように思われる。また、このことは錠前の意匠に限ったことではなく、その他いくつかの例からも証しうる。そうした例を次に紹介しよう。

二 十 六 図
『金鯱』より

二 十 七 図
『金鯱』より
 二十六、二十七図に挙げる二つの例は、屋根の上に飾られている鯱の代わりに 鯉が用いられている例である。両方の例ともに、ごく一般的な民家の例であるが鯉はもとより、直接的に水をイメージさせる波紋が同時に デザインされている。言うまでもなく鯱の主たる目的は、屋根の飾りというより防火を祈念してのものであり、その代用としての鯉もその役割は、 当然人々の防火の願いが込められたものであるといえよう。同時に鯉が防火の象徴を担って使用されている例に、二十八図に紹介するような 火事装束の紋様がある。これらに見える鯉も、先ほどの錠前と同様に防火の寓意を込めてデザインされたものであろう。  

二 十 八 図
鯉模様女子火事装束
(東京国立博物館)

二 十 九 図
小糸氏の家紋

三 十 図
フーセンガムの包装紙
(ニッポー株式会社)
 鯉魚紋の最後に、日本のちょっと変わった例をお目にかけよう。二十九図は、 先ほど紹介した登龍門の故事をそのまま図案化した「滝に鯉」という家紋である。これは、常陸の国に住んでいた小糸氏がその姓を「小糸(こいと)」 のもじりから漢字を代えて、「こいと……鯉・と……鯉登」と改姓した時に、それに合わせて作られたものだという。(注12)日本の家紋の成立の裏には、 往々にしてこんなふざけた……遊戯的な方法がとられることもあるのだ。
 更に、三十図にあげた例は、フーセンガムの包装紙であるが、昭和初期頃の薬袋の図案をパロディー化したものである。「鯉」に「恋」……「恋煩い」に 「くすり」という発想なのであろう。
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【注釈】
11、『鍵のかたち、鍵のふしぎ』INAXギャラリー
12、『人名・地名の漢字学』丹羽基二著 大修館書店