中国の図像を読む
第三節 魚紋アレコレ。《5p》
  (「三、鯉は龍の子供だった?(鯉魚紋)」のつづき)
(二)利益の利は、鯉魚の鯉?
 以上のような龍の幼体という象徴性が鯉の図像のすべてではなく、これ以外の伝統概念に もとづいた図像もいくつかあるので、次にそれらを見ていくことにしよう。
 十六図は、十五図同様に韓国における紋様のひとつであるが、その解説部分に示されているように、これは夫婦円満を願う紋様であり、前章で述べた 多産と豊饒のシンボル化であるものと考えられる。但し、何をもってこれを鯉と認めたか。その口もとに鯉のシンボルであるヒゲが存在しないことから 幾分鯉と断ずるには不審な点もあり、あるいは単なる双魚紋であるとも考えられよう。十七図は前にも引いた中国の典型的年画のひとつであるが、 中国庶民の間に広くゆきわたった鯉魚紋のひとつである。ここに描かれた鯉の姿が象徴するものは様々であり、各種の出版物に付された解説などを見ても、 その解釈は様々である。ここでは、それらの解釈のうち最も一般的なものを挙げることにする。
 まずその表題「年々有余」についての説明をしよう。すなわち「年々有余」の末字「余」(Yu)の発音が「魚」の字と同音なのである。 この「有余」とは日本人が考える余分にあまるとは少しニュアンスが異なり、むしろあり余る程充分にというような、豊富さのイメージを喚起する 言葉なのである。
 また同音という点では、「鯉」という文字そのものが「利」と通じ、財福をもイメージさせるのである。当然のこととして双魚紋の項でも述べた ように、多産・豊饒のイメージとも重なり合っているであろう。
 さらに、この図では鯉の頭部の背景には蓮の花が描かれているが、この蓮も年画によく用いられる題材のひとつである。日本人と中国人の持つ 蓮に対するイメージの相違については先にも少し述べた。この図像の場合は、「蓮」の音と「年年有余」(「連年有余」)の「連」と音が通じる ことから、次々と幸福……財福が訪れることをイメージさせ、「有余」という意味をより強調し、増幅する。さらには「憐」の字と音通することとも 相まって女性を象徴し、女性…母性…多産…豊饒という連想を抱かせ、鯉(魚)…多産…豊饒という連想とも重なり合い、さらに豊饒の意味を強め合う。 このようにこの図像における鯉は、いわば重層的イメージを人々に呼び起こすという働きをしており、人々がそれを正確に認識しているかどうかは 別として、鯉魚紋は非常に豊かな象徴性を担った図像であるといえよう。

十 六 図
『装飾金具の世界』より

十 七 図
「年年有余」
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