中国の図像を読む
第三節 魚紋アレコレ。《3p》
  (「二、子だくさんの魚たち。(雙魚紋)」のつづき)
 魚が、古来食料資源として重要視されたばかりでなく、多産、豊饒のイメージを担う生き物と しても人々に親しまれてきたということは、十分理解してもらえたと思うが、これはけして中国だけに限ったことではない。世界各地の古代遺跡からも 同様の魚紋を描いた遺物を数多く見いだすことができる。七図にあげたものは、紀元前二二五〇年頃のエジプトの遺跡より出土した壁画の一つであるが、 ここにも鯉やナマズをはじめとする、ナイル河で獲れたであろう数多くの魚が描かれている。(注4)また、『イメージシンボル事典』によると、 西欧社会における魚の表象の第一に挙げられるのは、生命・豊饒であり、それはやはり魚の多産性に基づくものだとの記事がある。(注5)
 また魚紋のこうした寓意性に惹かれるのは、何も古代人にのみ見られる傾向なのではなく、現代人にとってもまた大変魅力的なものなのである。 同時にこれは、双魚紋だけに限ったことでもない。次にはそうした例をいくつか見ていくことにしよう。
 たとえば八図にあげるものは、まわりで魚をつかみ戯れている子供たち……背中に羽を持つことから見てエンジェルであろうと思われるが…… のなんとふくよかであることか。これが豊饒の象徴でなくてなんであろう。西洋における魚の寓意性については、詳しく述べるだけの資料は持たないが、 『イメージシンボル事典』でFishの項目を開くと、三十条にわたってその表象について解説してある。エンジェルが描かれていることから考えて、 あるいはこの図像の魚はキリストを表しているのかもしれない。

七   図
サッカラメレルカのマスタバ壁画
(古王国時代 第六王朝紀元前2250年ごろ)
『図説 古代エジプト文字手帳』より

八   図
ラファエロ作「不思議な大魚」を下絵としたタペストリーの絵飾りの一部
 『世界装飾図』より
 しかし一方で、例えば九図や十図に描かれた中国の童子との類似性に驚かずには いられない。特に九図の童子は、ラファエロの絵と同様に、肉づきのよい両手で自分の体ほどもある大きな魚を抱えている。これは「年々有余」と 題された中国の代表的な年画のひとつなのだが、この絵も多産と豊饒とを寓意したものである。(詳細は次項)

九   図
「年年有余」
『中国伝統年画の世界』より

十   図
「多福多寿多子」
『中国伝統年画の世界』より
 もちろん海に囲まれた日本においてもまったく同様に、いやむしろより一層、人々の魚に対する愛着は強い。例えば、デパートの食器売り場を のぞいてみるとよい。各種の食器にデザインされた紋様になんと魚の多いことか。日本においてはぴちぴちとした鯛がデザインされることはあっても、 間違っても血の滴る牛肉がデザインされることはないだろう。そうした日本人の魚への愛着を表した図像例をあえてここに挙げることはしないが、 ただ一つ、縁起ものとしてよく用いられる鯛を抱えた恵比寿の図像のうち、一風変わったものをご覧にいれよう。十一図がそれであるが、 よくご覧いただくと、この恵比寿は滝に打たれている。本来、恵比寿につきものの魚は鯛であることから考えれば、 その背景として描かれるべきものは海でなければならない。それが、この図では滝……川になっている。これでは恵比寿が抱えている魚は鯛ではなく、 鯉だということになってしまう。
十 一 図
「滝を見る二神」
『繁昌図案』より
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【注釈】
4、『図説・古代エジプト文字手帳』松本弥著 弥呂久
5、『イメージシンボル事典』アト・ド・フリース著 大修館書店 頁二四五