中国の図像を読む
第二節 鶴は松に巣をつくる?《1p》

 一、はじめに
 さて、ではなぜ「松に鶴」なのであろうか。生物学あるいは生態学的に見て、鶴は決して松に止まることはないと言われる (注@)。鶴が好むのは、主に田圃などの湿地帯か湖沼である。その上、先にも挙げた一図もそうであるが、各種の松鶴図を見て気付かされることは、 それらの多くにおいて鶴と松の大きさが異様にデフォルメされていることである。想像して見てもらいたい、 たとえば実際に二羽の鶴が立って羽を休めることのできる松の大きさを、その枝の太さを。松鶴図の多くは、 そんな現実にはありえない状態を描いている。いわば世に存在する松鶴図は現実の世界の縮尺を無視した観念上の図像であると指摘できよう。 にもかかわらず、我々はこれをおそらく何の疑問もなく受け入れる。このように自然のあり方に反してまで、なぜ松と鶴は結びついたのだろう。 そして、いつ頃から松と鶴はともに描かれるようになったのか。そのあたりのことを少し考えてみようと思う。

二、古代の鶴
 まず中国における鶴のイメージの変遷について整理しておこう。 中国には様々な事物について歴史的変遷を概観するときにたいへん参考になる書物がある。通常、それは類書と呼ばれ、 各種の文物に関する百貨辞書的はたらきをする。『太平御覧』などがその代表的な類書であるが、ここでは清代に編纂された 『古今図書集成』という一万巻もある類書をひもとき、そこから中国における鶴のイメージの変化をたどることにしよう。   鶴の登場する中国の最も古い文獻は『詩経』である。この中国最古の詩集……紀元前一、二世紀頃の各地の民謡が収められているこの書物に、 早くも鶴が登場するということは記憶に留めておいて良い。これほど古くから鶴を詠っているという事からみて、古代中国人にとって鶴はけして 珍しい動物などではなく、よく目にするごく身近な存在であったと思われる。その鶴を詠った詩を次にあげる(注A)。
      鶴鳴
鶴鳴于九皐 聲聞于野    鶴 九皐(こう)に鳴いて  聲(声) 野に聞こゆ
魚潛在淵  或在于渚    魚 潛んで淵に在り 或いは渚に在り
樂彼之園  爰有樹檀    彼の園を樂しめども 爰(ここ)に樹檀有り
其下維■  它山之石    其の下維れ■(たく)あり  它(他)山の石
可以爲錯。         以て錯と爲る可きならん。
 この詩の「鶴鳴」というタイトルからも、また「鶴の一声」という表現もあるように、鶴のよく通る甲高い鳴き声は、 古代の人々にとっても、その際立った特長として注目されていた。これは『詩経』に限ったことではなく、より一般的にそうであることは、 『古今図書集成』に続いて引かれる例からも窺える。
    易緯 通卦驗
立夏清風至而鶴鳴。     立夏 清風至りて鶴鳴く。

    春秋緯 感情符
八月露降鶴即高鳴相■    八月 露降りて鶴即ち高く鳴き相■す。
 さらに鶴の鳴き声に関しては、面白い記事を載せる書物が存在するので紹介しておこう(注B)。
    禽經
鶴以聲交而孕  (張華注)雄鳴上風、雌承下風則孕。
 (鶴聲(声)を以て交わり孕む  〈張華注〉雄上風に鳴き、雌下風に承くれば則ち孕む。)
 雄が風上で鳴き、その声を風下にいる雌が受け、その結果鶴は身ごもるという。 この周の師曠の著したと伝えられる『禽経』の記事は、一見荒唐無稽なもののように感じられるが、実は意外と正確な古代人の自然観察に 基づいている。鶴はそのカップリングの際に大きく羽を広げる求愛の舞を行うと共に、その繁殖活動への準備として、 つがい同士での「鳴きかわし」という行為を行うことが知られている(注C)。『禽経』に記載された記事は、多少ゆがんだ形を取っているとはいえ、 この「鳴きかわし」の行為を写したものであろう。いずれにしろ、これほどまでに鶴の声は人々によって特徴的なものとして捉えられていた。 もちろん古代においてもその形態の美しさは認識されていたであろうが、より一層声の方が古代の人々には注目されていたものと考えられる。 鶴の鳴きかわし
  現代人は、新聞・雑誌はもとより、映画・テレビなどの数多くの映像情報に囲まれて 生活している。もちろん、それらの中に音声情報の含まれているものもあるが、映像情報の方が圧倒的に大きな比重を占め、 人々により強い印象を与えている。いわば現代人は視覚依存型の存在であるといえよう。一方古代人は、外界の事物を認識する際に視覚だけに 依存するというようなことはなく、現代人に比べてより聴覚、触覚などの五感をフル活用して認識を行っていたものと考えられる。 例えば鶴の姿をじかに見ることと、鶴の鳴き声を耳にすることと、現代ではどちらが容易であろう。自然を文明の外に追いやった現代人にとって、 様々な情報媒体を通じて鶴の姿を目にすることのほうがはるかに容易であろう。鶴の鳴き声を聞こうと思ったとき、 いったいいかなる方策が考えられるだろうか。一方、自らの両目以外の視覚的情報媒体が限られる古代人にとっては、暗闇でも、 あるいは多少遠方からでも知覚可能な音声情報……鳴き声のほうが、より容易に認識できたであろう。そういう意味で、古代人が鳴き声によって 鶴をとらえていたという点はたいへん興味深い。
 このことは中国のみでなく、たとえば日本においても同様だったものと思われ、『万葉集』に録される鶴の歌を例にあげ、 大岡信氏は次のように述べている。(注D)
古代の日本人にとって、鶴は何よりもまず「鳴く」「鳴き渡る」姿でとらえられ、……風景がここには確かに存在し、 そしてそれ以上の深い意味は鶴にはまだ与えられていない。
 後の時代に至っても、鶴の鳴き声、あるいは求愛ダンスは人々に特徴的なものと考えられていたようである。 例えば、それは数多く作られた後世の松鶴図を概観してみても明らかである。十一図に挙げた例のように、 松鶴図のほとんどには決まって雌雄一対の鶴が描かれており、その雄と思われる一方は羽をひろげ、長いくちばしを天に向けている。 これはまさに求愛ダンスを描いたものであろう。
十一図 鶴の求愛ダンス

十 一 図
札幌冬季オリンピック大会記念切手に
描かれた鶴の求愛行動
第一節へ戻る   次頁《2p》へ続く

【注釈】
@アフリカに生息するカンムリヅル類だけは例外的に木に止まるが、その他十数種の鶴は木に止まることも、まして営巣することはありえない。 (『宇宙からツルを追う』樋口広芳編 読売新聞社刊)
A『詩経』小雅
B『禽經』周・師曠撰 晋・張華註
C『動物大百科・7・鳥類T』(平凡社)つがいの2羽は、大声で〈調子を合わせて〉デュエットする。その際、オスとメスの声はまるで異なるが、 うまく調子を合わせる。多くの種で、オスは長くて低い声を続けて出し、そのひと声ごとに、メスは何回かずつ短く高い声を出す。 このディスプレーは固体の性別を明らかにし、つがいのきずなの強化を助ける一つの要素である。 ……しっかりしたきずなに結ばれたつがいのあいだでは、生理的なサイクル、日の長さ、天候、それに婚姻の踊りやデュエットなどの複雑な ディスプレーによってお互いの繁殖活動への準備態勢は一致するようになる。
D「夜の鶴と仙家の霊鳥」(「季刊アニマ・鶴」所収)