中国の図像を読む
第一節 中国の吉祥図を読む。《4p》

 三、同音・諧音
 
 中国人の持つ蓮の花のイメージ、役割を理解する際に鍵となったのは、 「蓮」という文字の発音にあった。この文字が「憐」と通じる、「蓮……憐……男女間の愛」という連想が働いてこそ蓮の持つ 中国的象徴が理解される。中国にはこの種の同音・諧音に基づく吉祥物が多く見られることは先に述べたとおりであり、 この同音・諧音に対する理解が中国吉祥物解釈に際して重要な意味を持つ。そこで、もう少し例を挙げてこの点について詳しく見ていこうと思う。
 例えば五図(注F)。ここに描かれている動物は「こうもり」だが、中国ではこうもりを「蝙蝠」と書く。 この「蝠」(fu・2)という文字が「福」(fu・2)と通じ、こうもりの描かれた図……蝙蝠図は、やはり中国でよく用いられる吉祥図の一つなのだ。 また、蝙蝠の周りに見られるものは、雲を図案化したものであるが、「雲」(yun・2)という言葉が「運」(yun・4)という言葉を連想させ、 蝙蝠とともに描かれることによって、福が「運ばれてくる」というようなニュアンスを表している。
五図 蝙蝠

五  図
   あるいは、六図(注G)。これも中国で大変よく用いられる吉祥物の一つ、金魚(yu・2)。 この金魚は、中国語では「金玉(yu・4)」「金余(yu・2)」と通じ、前者は「玉のような子供」という意味で子孫繁栄を、 後者は「有り余るほどのお金」という意味で財福を象徴する。こうした音通(諧音)は「鹿……禄」程度なら日本人にも理解できるが、 それ以外は到底パッとは思いつかないものであろう。
  もう一度くり返そう。同じもの、同じ図像を見ても中国人と日本人とではその認識に違いが生じる。確かに同じ漢字という文字を用いているから 表記の上では一致する。例えば中国であろうと日本であろうと「金魚」と表現することに変わりはない。しかし、 ここに発音という問題が関わってくると、日本では「きんぎょ」であるが、中国では「jinyu(1・2)」なのである。 あるいは、「こうもり」と「bianfu・(1・2)」なのである。これでは、そのものの持つ含意……象徴性に違いがでるのは当然である。 中国人は音の類推からおめでたさを感じ、日本人は音の類似よりもむしろ鹿や金魚の外見、見た目を愛し喜ぶ。 蝙蝠に至ってはかえってその姿や西洋の吸血鬼伝説の影響によって、全く正反対の不吉なものと感じる人の方が多いであろう。
六図 金魚

六  図
   さらに七図(注H)をご覧いただこう。これは「同偕到老」と題された吉祥図の一つであるが、 これなども日本人には理解しがたい吉祥図の代表であろう。ここに描かれている丸いものは鏡である。 鏡といってもガラスでできたものではなく、銅製の鏡、銅鏡であるというのが味噌だ。そしてもう一つは見たとおりクツである。 気をつけなければいけないのは、これは「靴」ではなく、あくまで「鞋」というクツであるという点にある。 この銅鏡の「銅(tong・2)」は「同(tong・2)」に音が通じ、「鞋(xie・2)」は「偕(xie・2)」に音が通じることから、 耳慣れた言い方をするなら、「偕老同穴」「ともに白髪の生えるまで、死んでも同じ墓穴へ」という意味を表す。こうなると、 我々日本人には何やら複雑な判じ物としか思えないような吉祥図となる。
七図 鞋

七  図
  以上のような同音・諧音、あるいは言葉遊びに類するものが日本にないわけではない。鯛といえば「おめで鯛」、 昆布といえば「よろコンブ」というような例も指摘できるし、少し複雑なものでは八図・九図に挙げる引き札の例のようなものもある。 (注I)八図は、腕捲くりした恵比寿様が何やら鎌を持って刈っている。この刈っているものは、実は「海藻」である。 ただでさえおめでたい恵比寿様が「藻を刈る・・・・・・もヲかる……もうかる……儲かる」バンザイ、バンザイなのである。
八図 儲かる

八  図
 肥料会社の引き札である九図の方は画面右側に注目してほしい。ここに描かれているのは、いわゆる「金のなる木」であるが、 その幹や枝いっぱいに書かれている宣伝文句をみると、いわく「値段やす木」「うれゆきよ木」「だいなるり江木」などなどと、 一種の駄洒落、木尽くしで溢れかえっている。さらに画面左下に目を転じると、ライバル会社の木がまさに廃材として打ち砕かれようとしており、 そこには「虫がつ木」「成分な木」「ふり江木」と、これまた不吉な木尽くしである。こうした言葉遊びはまさしく日本的音通の一種であり、 中国人相手には絶対通用しない。
 このように両国の吉祥物の差異を探ってみると、その根底にあるのは同じ漢字を使いながらも基本的には全く別な言語であるという事実と、 それ故の発音の相違がもたらす文化的乖離という側面につきあたる。
九図 木尽くし

九  図
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【注釈】
 F出典は『吉祥図案手冊』 上海文化出版社 1994年
G出典は@に同じ。
H出典は『繁盛図案』荒俣宏編(マガジンハウス)1994年
I九図の出典は『帯をとく福助』荒俣宏(中央公論社)1992年