中国の図像を読む | |
第一節 中国の吉祥図を読む。《2p》 | |
二、文化の異質性 |
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さて、では次に二図を見ていただこう。(注A)
ここに描かれているのは鴛鴦(おしどり)であるが、注意して見てほしいのは、一緒に描かれている植物……「蓮」の方である。
鴛鴦が夫婦和合のシンボルであることは言うまでもないだろう。これもまさしく東洋的吉祥図といってよい。しかし、蓮の方はどうであろう。
蓮を見たとき日本人がイメージするものは、はたしてなんだろう。あるいは辛子レンコンなどと言う人もあるかもしれないが、
まあ大多数の日本人にとっては「ほとけさん」であろう。仏が坐す蓮座に代表されるような泥中より出でて、しかも泥に染まらず、清浄であり続ける、
まさに極楽浄土を象徴する華、悪く言えばなんだか妙に抹香くさい華。これが、日本人の抱く蓮華観の最大公約数といって間違いはないだろう。とすると、
鴛鴦の夫婦和合というイメージとは少しかけ離れてしまう。 夫婦和合に「ほとけさん」では、どうにも少しミスマッチである。それでは、ここに描かれた蓮はいったい何を意味しているのだろう。 単に水鳥である鴛鴦の付属物として、あるいは一点景として添えられたものなのであろうか。この蓮を単に一点景と見てしまっては、 正しい図像解読だとは言えない。こうした図像に描かれたモノの中には、無駄に描かれた単なる添えものなどないと思っておいた方がよい。 画面の中に描かれたものすべてに意味を……たとえそれが考えすぎ、勘ぐりすぎになろうとも……見いだそうとする意識を持ち続ける。 その意識が吉祥図案解読の第二の鍵なのだ。 |
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では、この蓮が単なる添え物でないとしたなら、中国人にとっての蓮は、 日本人のそれとは違った役割・象徴性を持つのではないだろうか。容易に予想しうることは、共に画かれていた鴛鴦が担っていた夫婦和合という 基調概念との関連である。中国語で「蓮」という文字は「lian」(第2声/以下声調は(2)のごとく数字のみ記す。)と発音するが、 この音を耳で聞いた時に、中国人は同じ発音を持つ「憐」(2)という文字をイメージする(あるいは声調は違うが、人によっては「恋」(4)の字ともいう)。 この「憐」という文字は日本語でいうところの「憐れむ」という意味とは違い、むしろ「愛する・可愛がる」という意味に近い概念を表す。 つまり日本語で言うところの「愛」を表現する文字なのである。とすれば、鴛鴦の表す夫婦和合という概念と見事に符合する。 このように中国人の蓮にいだくイメージは日本人のいだく仏教的なイメージとは異なり、もう少し俗的なより華やかで明るいものなのだ。 蓮の持つイメージについては後でより詳しく述べることにして、むしろ今ここで特に注意してほしいことは、 この蓮に代表されるように中国と日本では異なった受け取り方をされる図像も存在するということである。 | |
同様な例をもう一つご覧いただこう。三図(注B)は、 やはり鶴が描かれた吉祥図の一種であるが、この図像には、もう一つ重要なモチーフ……鹿……が描かれている。 この鹿という動物に対していだく日本人のイメージは如何なるものだろう。少なくとも、鶴ほどには吉祥動物としては感じないであろう。 もちろん、奈良・春日大社における神鹿のような存在や、また『古今和歌集』に「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿のこゑきく時ぞ秋はかなしき」 という歌が収められていることからも(注C)さらには正倉院の御物中にも鹿の意匠が用いられていることから見ても、 たいへん古くから日本人に愛されてきた動物の一つである。しかし現代の日本人はそのフォルムの可愛らしさを愛しはしても、 そこに深いおめでた感を抱くことは少ない。一方、中国人は鹿の形態よりもむしろ「鹿」(lu・4)という言葉自体をおめでたいと感じる。 そのおめでた感は、蓮の場合と同様、この鹿という文字が、「禄」という文字と同一の発音であるということに由来する。 中国の吉祥物にはこのような同音・諧音(類似の発音)に基づくものが非常に多く、中国の吉祥観の重要な特質の一つと指摘できる。 すなわち、三図に描かれている動物を中国人は「鹿」(lu・4)と認識するが、日本人は「鹿(lu・4)あるいは「ろく」ではなく、 あくまで「しか」と認識する。同じ図像は見ていても、「lu(4)」と「しか」とではまったく認識が異なる。 中国人は「lu(4)」と認識するが故に「禄」に通じて、おめでたいと感じる。日本人のように「しか」と認識した場合は、 当然その対象に対する感じ方は別の展開を遂げる。それが音声的認識から視覚的認識への移行である。だから日本人は、 吉祥物としてよりもむしろその形態を愛するようになるのであろう。中国と日本における吉祥観に差異が現れる主要な原因は、 ここにこそ存在するのだと思われる。(この章続く) |
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【注釈】 A出典は@に同じ。 B出典は@に同じ。 C『古今和歌集』巻第四 秋歌上 |