三教指帰注集の研究
第一章 大谷大学図書館蔵本『三教指帰注集』解説《1p》

 一、概説
 
  大谷大学図書館には、『三教指帰』関係の貴重書がいくつか所蔵されている。今回、翻刻出版を試みた『三教指帰注集』(釈成安注)は、その中の一種である。また、この抄本は、長承二年(一一三三年)という年号を伴うものであり、現在する『三教指帰』の注釈書のうちでも最も古い抄本である。この抄本は山田文昭先生の旧蔵本で、のち大谷大学図書館に寄贈されたものである。全体は上・中・下三巻、粘葉綴四帖(上巻部分が本・末の二帖に分冊)よりなる。
 四帖とも、天地二十八センチメートル、左右十五・五センチメートルで、当時の懐紙を折り畳んだ典型的な寸法である。料紙は、比較的薄い紙に少し加工を施して書きやすくした楮紙である。虫害があって判読に困難な部分もあり、特に虫害の激しい下巻は、極く薄い紙で総裏を打って補強している。各帖の丁数は、上巻の本四十七帖、上巻の末四十五丁、中巻三十一丁、下巻七十二丁である。表紙は、表表紙・裏表紙とも本文と同じ共紙の上に、黄土と胡粉を引いた具引き紙を用いている。小口を補強するために細い竹ひごを添えた服装の姿をよく留めていると思われる。
 本書は、釈成安なる人物の手による注釈書である(以下「成安注」とのみ記す)が、これまでこの「成安注」についてはほとんどが研究されていなかった。釈安成の手による注釈が存在したことは、江戸時代に広く利用された注釈書のひとつである『三教指帰刪補』の序文からもよく知られていた。(注1)また、昭和八年十月には、大谷大学において開催された「故山田文昭先生遺書展」で、この『三教指帰注集』が展観されている。しかし、一般には、この「成安注」は早くに亡佚したものと考えられており、『日本古典大学大系』所収の『三教指帰』の解説や『国書総目録』等も、その存在については一切言及しておらず、一部論文では全く伝存しないと記すものもあった。そうした中で最初に「成安注」に着目し、これをその研究に利用されたのは上田正氏である。上田氏は、その著『玉篇反切総覧』『切韻逸文の研究』等において、大谷大学所蔵の本書を利用しておられる。さらに、その研究過程において、天理図書館に「覚明注」として所蔵せられていた注釈書が「成安注」の下巻部分であることを明らかにしている。また太田次男氏からのご教示により筆者が比較調査したところ、尊經閣文庫所蔵の『三教指帰注』の一種がやはり「成安注」の下巻部分であることが判明した。このように、現在までのところ「成安注」の写本三種の存在が明らかになっている。これらの写本間の問題については後述するが、天理図書館や尊經閣文庫に所蔵されているものはすべて完本ではなく、大谷大学図書館に所蔵されている『三教指帰注集』(以下『大谷本』とのみ記す)のみが唯一の完本である。
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【注釈】
注1 「三教指歸刪補」運敝撰「真言宗全書」第四十巻所収。
   …先藤吏部敦光及安卿各選注解後覺明采輯ニ家合爲一部…