大谷大学所蔵「老子八十一化図説」について【5P】
  おわりに
       
 第二章で分析したように、現行本(太清宮本)『八十一化図説』の解説部分は、『至元弁偽録』から推測される原本の解説とは、量的に考えて相当の差異があるようである。しかし、図像の部分に関しては、原本の解説部分とはそれほど差異があるとは考えられず、むしろ原本の姿をよく留めていると考えて差し支えないように思われる。
 このように、これまで行われてきたような解説文のみに対する研究ではなく、解説文と図像の比較研究も、今後は必要とされるであろう。今回は第十八化と第四十五化の二場面のみの分析であったが、今後全体にわたる分析を行えばより多くの知見が得られることになろう。
 また、この書が図像という手法を用いたことは、より本質的な問題を含んでいるようにも思うので、最後に少し触れておきたい。
 元代の仏道論争、というよりむしろ実際は仏教側の一方的な道教批判とも言うべき事件のきっかけについて『至元弁偽録』巻三には次のように記される。
 道門志常、以八十一化圖、刻叛既成、廣張其本、若不遠近咸布、寧知李老君之勝、宜先上播朝廷、則餘者自然草靡、乃使金坡王先生、道人温的罕、廣齎其本、遍散朝廷近臣、……時少林長老裕公……因見其本、謗■(言ベンに山)佛門、使學士安藏、獻呈阿里不哥大王、訴其僞妄……
 そもそも李志常らが、この『八十一化図説』を作製した第一の目的は、広く民衆へ布教・教化を行うためであった。そしてより効率的にその目的を遂げるために、まず朝廷内部への布教を図ろうとしたところ、仏教者たちの知るところとなり、強い反発を招いた。 さらに『至元弁偽録』の序によると、当時道教徒らが、仏寺を占拠して道観にし、仏像や舎利塔を破壊するなどの無道をはたらいていた事なども記されている。(注四十一)こうした日頃から鬱積していた仏教側の憤懣に、この『八十一化図説』は火をつけ、道教批判への恰好な口実を与えることになったのである。
 しかし、朝廷内部への『八十一化図説』による布教がこれほど反発を招くとは、李志常らにとっても予想外のことだったにちがいない。仏教側が批判の中心に据えた化胡説は、ことさら李志常らだけが声高に唱えたものではなく、はるか以前より表に出ては論難、批判され続けてきており、それはまさに「児戯之語」(注四十二)に等しきものであり、「使識者誦之則齒寒、聞之則鼻掩(識者をして之を誦せしむれば則ち齒寒く、之を聞かしむれば則ち鼻掩う)」(注四十三)というものであることは、歴代言い尽くされたことでもあった。にもかかわらず道教を信奉する者たちがそれを棄てきれなかったのも頷けないことではない。ある種の人々にとってはみずからの存在にとって単に都合のよいばかりではなく、道教の存在そのものの根幹に関わるものであったろう。また元という征服王朝の支配下にある人々にとって抑圧された中華思想をくすぐるという側面もあったように思われる。いずれにしろ仏教側からの反発は、李志常らにとって想定外のものであったに違いない。そうでないなら、まず朝廷内部からなどとは考えなかったはずである。
 そしておそらくこの化胡説が、あるいは化胡説にもとづく布教が、過去におこなわれたと同様、通常の書物の形でなされたものであったなら、仏教側の反発もそれほど強いものでなかったように思われる。あるいはそれこそ「児戯之語」として無視される程度のものだったかもしれない。しかし、今回は文字による表現ではなく、図像という表現方法を李志常らは選択していた。民衆への布教方法としてこれ以上有効な方法はない。難しい理屈を文字によって展開するのに比べて、図像は視覚へ直接働きかけ、ダイレクトに道教の優越性を訴える。そのことは、今回分析した第十八化と第四十五化の図像を見れば明らかであろう。この図像による布教は確かに有効な方法ではあるが、それだけに逆に言えば、仏教側の反発も強烈なものになったのであろう。図像による布教に対する有効性の認識は、敦煌などから発見されている変相図などに代表されるように仏教側に一日の長があったであろう。仏教側の人々が恐れたのは、『八十一化説』ではなく、『八十一化図』だったのである。化胡説が図像によって広められようとしていることに対する危機感が、仏教側の反発の大きな原因だったと考えられる。この仏教側の危惧は、それが原本のままかどうかは別にしても、現在まで『八十一化図説』が残り続けていることをもってしても、けして杞憂でなかったことは明らかである。

 【注釈
  注四十一、『至元弁偽録』序
           (至元)乙卯問道士丘處機・李志常等、毀西京天城夫子廟、爲文城觀、毀滅釋迦佛像、白玉觀音、舎利寶塔、謀占梵刹四百八十二所、傳襲王浮、偽語老子八十一化圖、惑亂臣佐、……
  注四十二、『至元弁偽録』巻三
          如此謬妄數端、皆児戯之語也
  注四十三、この語も『至元弁偽録』巻三に見える。
          如新集老氏(子?)八十一化圖、化胡經等、百端誣誕之説、使者誦之則齒寒、聞之則鼻掩、

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