中国の図像を読む
第六節 黄金バットは中国生まれ?《15p》
 
  (「七、日本の蝙蝠文」のつづき)
 
 そして、現在におけるもっとも人々に親しまれた蝙蝠文といえば、タバコのパッケージにデザインされた蝙蝠……ゴールデンバットがある。 明治三十九年発売以来、戦中の一時期は「金鵄」と改称はされたが、現在もなお発売され続けている息の長いデザインの一つである。 (五十四図

五 十 四 図 A
歴代のゴールデンバット

五 十 四 図 B
歴代のゴールデンバット
 そして、このゴールデンバットに遅れること数年、一九三〇年(昭和五年)に登場するのが空想冒険大活劇黄金バットなのである。 この黄金バット誕生については、次のような話が伝えられている。(注20
 「『黒バット』という怪盗が活躍する作品が先にあったんです。黒バットがあまりに強くなりすぎて、どうやって終わらせようかとみんなが 悩んでいると鈴木一郎が『もっと強いのを出せばいい』と言い出したんですよ」「黒」より強そうなのは「金」、ただし「ゴールデン・バット」では タバコみたいだからということで名前は「黄金バット」に決まった。かくして『黒バット解決編』の終わり三枚に金色のドクロ仮面が登場。 あまりの反響の大きさに主役としてシリーズ化されることになったのだ。
 これによると、黄金バットの前に黒バットという怪盗がいたとあるが、この黒バットが「怪盗」とあるところを見ると、単純なヒーローでは なかったことが想像できる。すなわち、「黒」という色、「コウモリ」という動物が与えていたイメージは正義ではなく、むしろ悪に近いもの だったと考えられる。しかし、「悪……人々から恐れられる」という図式の裏には、「悪……力」という関係が隠されており、やがて 「力……畏怖」という関係は「悪……力……崇拝」という関係へと転換しうる可能性を持っている。例えば蛇などもその代表的な例であろう。 古来より人々に忌み嫌われ、恐れられてきたことは洋の東西を問わず周知のことである。その一方で蛇はまた、各地の民族にとって崇拝の対象でも あり、権力の象徴でもあった。中国の龍もその元をたどれば蛇信仰へとつながるものである。こうした蛇における恐怖から崇拝への移行について 荒川絋氏は次のように述べる。(注21
 それにもかかわらず蛇は豊饒のシンボルとなった。特に現実に猛毒のコブラまでもが護法の神となり、王権のシンボルとなった。 そこには、恐るべき猛獣のライオンやトラが聖獣視されたのと同じような心理がある。恐怖心は……むしろ恐怖されたがゆえに崇拝されたのではな かろうか。
 この「恐怖から崇拝へ」という変換システムの裏には「悪から正義へ」というもう一つの変換システムもが存在するように思われる。蛇やライオンにおいて起こったこの変換が「コウモリ」においてもはたらいた、その典型的な例が黄金バットの存在であるといえよう。
 そして、この場合もう一つ注意を要する点は、悪から正義へと転換したコウモリが「黄金」でなければならなかった意味である。「恐怖から崇拝へ」「悪から正義へ」の変換を行う際に、その属性である色を変えるというのも重要な一つの要素なのである。正義への転換を より強調し、人々へよりスムーズに受け入れられるように、そのためにはぜひとも「黄金」という色が必要とされたのである。あるいは、この色の変換こそが、コウモリでありながら正義の使者となりえた、その成功の秘密であったように思われる。
 このように日本では黒のコウモリから黄金へという色彩変更の段階を経て正義の味方としてのコウモリが登場したのであるが、コウモリの 姿をした正義の味方といえば、日本だけでなくアメリカにおいても同様な存在を指摘できる。一九三〇年代後半にアメリカンコミックに 登場したバットマンがそれである。日本の黄金バットとの関連は明らかでないが、黄金バットよりも後発のヒーローであることは確かなようだ。 ただ、こちらの正義の味方は、日本におけるような色彩の変更は伴わず、むしろより黒が強調された存在であり、 日本のヒーローとは好対照である。(五十五図)ある説によると、作者が新ヒーローのコスチュームを あれこれ考え、何か犯罪者に「恐怖」を与えるよいものはないかと思案していたとき、たまたまその部屋にコウモリが飛び込んできた のだという。(注22)ここにも明らかに先ほど述べた「悪……力……崇拝」という変換システムが見てとれる。ただ黄金バットと違うのは正義よりむしろ力……悪に打ち勝つ力の方を強調するために全身黒づくめというコスチュームを 採用しているように思える。
 
  
  五十五図 アメリカンヒーロー「バットマン」   五十六図  西洋の悪魔の翼
 元来西洋でもコウモリは不吉な動物とされていたようである。(注23)特に中世より様々な図像に描かれる 悪魔たちは多くコウモリの翼を身にまとっている。(五十六図)さらに大航海時代、世界各地から様々な未知の動物がヨーロッパ大陸へもたらされ、その中に南米に生息する吸血いコウモリの存在もあった。一七六一年には博物学者のビュフォンがこれらの血吸いコウモリとヴァンパイアと名付けている。(注24)こうした事情もあって、吸血鬼映画の多くには決まってコウモリが登場するのである。
 しかし、一口に西洋といっても広く、なかには中国同様に幸福に結びついた考え方も一部にはあったようである。(注25)ただ、西洋に関することは専門外のことでもあり、これ以上の言及は避けることとしたい。興味をお持ちの方には是非とも研究の上ご教示願いたいものである。
                                       《了》

【注釈】
20、『朝日グラフ 別冊紙芝居集成』
21、荒川紘『龍の起源』紀伊國屋書店
22、http://home.highway.or.jp/shinztt/ BAT CAVE Japan
23、西洋におけるコウモリの象徴性については、アト・ド・フリース『イメージシンボル事典』大修館書店を参照にした。
24、ジャン・マリニー著・池上俊一監修  「知の再発見」双書三十八『吸血鬼伝説』
25、『イメージシンボル事典』のbatの項には、民間伝承として「コウモリに襲われると幸運とされる場合もあるが……」とある。
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