≪中 国 仙 人 伝 図 像 解 説

 からつくにのあやしきものどものえときものがたり
                  またの名『有象列仙全伝』解読抄

その三 【お兄さん!一杯どうかね】卷四より 費長房(壺公)

  
       『列仙全伝』                      『三才図絵』

【書き下し】
 費長房は、汝南の人なり。曾て市の掾と為る。老翁の薬を市に売る有り。一壺を肆頭に懸け、市の罷わるに及ぶや、輒(すなわ)ち壺中に跳び入る。市の人びと之を見る莫く、惟だ長房のみ樓上に之を覩て異とす。因りて往きて再拜し、酒脯を奉る。翁曰く、「子明日す更(あらた)め来たれ。」と。長房旦日に果して往く。翁乃ち與倶(とも)に壺中に入る。但だ玉堂厰麗なるを見、旨酒甘肴、其の中に盈衍す。共に飲み畢わりて出で。翁嘱して「人に言うべからず。」と言う。長房に就きて樓上に曰う、「我は仙人なり。過(あやまち)を以って責められ、今事畢わり、まさに去るべし。子寧(いずく)んぞ能く相ひ随わんや。樓下に少しく酒有り。卿(なんじ)と別れを為さん。」と。長房二人をして之を取らしむるも、勝つ能わず。又た十人をして之を扛(ささ)げしむるも、猶お挙ぐる能わず。翁笑いて樓より下り、一指を以って提げて上る。器を視るに一升ばかりのごとし。しかも二人之を飲むも、終日して尽きず。  

【語釈】
 ・汝南‐河南省、汝南県。
 ・掾 ‐したやく。小役人。屬官。
 ・脯 ‐ほじし。薄く析いて、味をつけないほじし。
 ・厰 ‐人の会聚するところ。小屋。物置。
 ・嘱 ‐たのむ。ゆだねる。
 ・扛 ‐あげる。さしあげる。もちあげる。
    
【大意】
 費長房は、汝南の人で、その地の町役人を勤めていた。ある薬売りの老人が、市場の店先に一個の壺をぶら下げて商売をしていた。一日の商売を終えると、老人はその壺の中に跳び込むようにして姿を消すのだった。市に集うの人びとは誰もこの出来事に気づくことなく、ただ長房だけが監視台の楼上から見ていて奇妙な老人だと思っていた。そこである日老人のもとを訪ねて挨拶をし、酒と肉をたてまつると、その老人は「おまえさん、明日もう一度更(あらた)めてやって来なさい。」と言うのだった。長房が言われた通り、翌日訪ねてみると、老人は一緒に壺の中に入るようにと、誘うのだった。中に跳び込んでみると、中には立派で豪華な建物がうち並び、美酒やご馳走も溢れかえっていた。二人思うままに飲みおえて壺の外へ出ると、老人は「今日のことは人に言ってはならないぞ。」と約束させ、さらに楼に上ると、次のように誘うのだった。「実はわたしは仙人なのだが、過ちを犯したせいで責めを負い、人間世界へ追放されていたのじゃ。それがやっと期が満ちて、仙人界へ戻れることになったのじゃ。そこでお前さんどうじゃ、一緒に仙人界へ行く気はないかな。まあ楼の下にまだ少し酒が置いてあるんで、お別れに一杯やろうじゃないか。」と。長房は手下のもの二人にその酒を取り行かせたのだが、二人の力でも楼の上まで持ち上げることができなかった。そこで今度は十人のものたちに持ち上げさせたが、やはり酒壺はびくともしなかった。それを見ていた老人は、破顔一笑樓より降りると、ヒョイッと指一本で釣り下げてもどってきたのだった。その酒の容器は、見たところ一升ほどが入る程度の大きさなのだが、二人して一日中呑んでも空っぽにはならないという不思議な容器だった。

【原文(一部のみ)】
 費長房、汝南人。曾爲市掾。有老翁賣薬于市。懸一壺於肆頭、及市罷、輒跳入壺中。市人莫之見。惟長房於樓上、覩之異焉。因往再拜、奉酒脯。翁曰、「子明日更來。」長房旦日果往。翁乃與倶入壺中。但見玉堂厰麗、旨酒甘肴、盈衍其中。共飲畢而出。翁嘱不可與人言。就長房樓上曰、「我仙人也。以過見責。今事畢當去。子寧能相随乎。樓下有少酒、與卿爲別。」長房使二人取之、不能勝。又令十人扛之、猶不能(舉。翁笑而下樓、以一指提而上。視器如有一升許。而二人飲之、終日不盡。

【余説】
 費長房という仙人を主人公としたいわゆる「費長房説話」には様々なパターンがあり、その説話の全体を紹介すると大変長文になるので、今回は図像に描かれている、出会いの場面のみを紹介した。説話全体像については、平凡社ライブラリーに収める神仙伝の訳が読みやすい。(沢田瑞穂訳『列仙伝・神仙伝』)

【図像】『列仙全伝』に付されている図像の中でも、個人的にはもっとも好きなもののひとつであり、この解りやすいユーモアは出色であろう。後世の図像などは明らかに『列仙全伝』を模倣したものである。『列仙全伝』の足元の横断歩道のような模様は、市中の道を描く際の、黄氏一族の常套手段であり、『三才図絵』のように小川を画がいてしまっては、本伝と齟齬をきたしてしまう。また費長房の背後の建物も、或いは市場の監視場である楼を描いたものであり、本伝における重要なファクターの一つである。『三才図絵』ではこれも省略されいる。

その四へ