卒業論文・修士論文の意義




卒業論文とは「謎解き」の経過報告である

そこには言い知れぬ感動が待っている

吉元 信行

教授・仏教学

 卒業論文は大学四年間の総括であり、また、大谷大学で学んだことの証しともなるものである。文学部三学年になると、自分の興味ある分野の学習と卒業論文作成のためのゼミを選ぶことになる。学生たちは、このゼミを選ぶ段階でずいぶん悩むようであるが、私のゼミには、インドの初期仏教(原始仏教)やインドの仏教文化を学びたい学生たちが入ってくる。

 この三学年四月の段階で、卒業論文にこういうことをやりたいと決めているものはごく少数で、ほとんどの学生は自分のやるべきことについて、白紙の状態である。仏教学科では、ほとんどのゼミが三・四年次生合同のクラスとなっている。そこで、三年次生は、指定された文献を読むという文献読解の訓練を受け、すでに卒論のテーマの決まっている四年次生の卒論作成の経過報告を聞きながら自分の研究テーマを決めていくことになる。

 しかし、三年次生の後半になっても、なかなかテーマが決まらない学生が多い。そこで私は、研究領域をほぼ網羅している啓蒙書である私の著書を学生に読ませ、その中で不思議なこととか興味をもったことを見つけさせ、それをテーマにすることを勧めている。そして、その問題の謎解きをさせるのである。

 例えば、釈尊が誕生されたとき、マーヤー夫人の右脇から産まれ、いきなり立って、北に向かって七歩歩み、「天上天下唯我独尊」と唱えたという伝説がある。常識では考えられない不思議なことが当たり前のように書かれており、今日でも「花祭りの行事」として残っている、まさに謎である。そのことを伝える経典などの資料を比較検討していく。また、そのときの様子を描いた各種のレリーフ(仏教美術)が遺跡に残っている。それらの資料を駆使して、その謎を解いていくと、そのような伝説の生まれた背景とそれを伝えた人たちの心根が伝わってきて、その伝説が我々に何を訴えようとしているのか、あるいは何を意味しているのかが分かってくる。その謎解きの経過報告を記録したものが卒論になるのである。

 卒論を書くに当たって、仏教学科ではまず文献読解という難関がある。資料は、パーリ語、サンスクリット語、チベッ語、漢文など、高校までにほとんどなじみのない言語で書かれたものであることにまず戸惑う。しかし、卒論で扱う範囲の資料には、ほとんど翻訳があり、その翻訳をとおして原典にふれていくことができるので、各言語の演習やゼミでの読解訓練で論文を書くことができるようになる。ただし、大学院になると、直接に原典を読解する必要がある。

 この文献研究のほか、仏跡などの発掘成果を活用して、レリーフや壁画などの仏教美術も資料として活用することができる。そういう写真資料が図書館には無数にある。また、そういう仏跡に行って、自分の目で確かめてみるというフィールドワークも楽しいものである。インドの仏教を研究するものにとって、仏跡に立ったときの感動には言い知れぬものがあり、それがそのまま卒論に反映するので、本学では「インドの宗教と文化」というインド研修の講義も開講されていることでもあり、ぜひ現地に行って仏教の聖地に触れて見ることをお勧めする。

 それから、最近はインターネットという便利な情報源が容易に活用きるようになった。いろいろな検索ができ、自分の得たい情報を即座に手にすることができる。ただ、学術情報センターや新聞社などの公的なものは活用の価値があるが、一般のホームページというものは参照に留めるべきで、間違っても、そのまま借用などしないように。URLを明記せずに借用すると、盗作となり、その論文は不合格となるので注意すること。

 いずれにせよ、卒論を書くということは学生にとって大変なことであるが、自分の興味を持った謎に挑み、それを解き明かしていく過程を論述するのであるから、苦難の中に言い知れぬ楽しみを味わうこともできる。四苦八苦して、不思議な謎が解けたとき、そこにはすばらしい感動が待っている。それこそが卒論の醍醐味である。その感動を学生とともに共有し合えたとき、そこに我々大学の教員としての喜びがある。

(『大谷大学通信』60号・2005.03.15.より:写真は一部変えてあります。))


ある学生が卒論の経過発表をして、それについて、意見交換、討議をして、指導する。




2004年度修士課程修了生と文学部卒業生(2005.03.18))

     今年は少人数です。
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