日本妖怪の変化の過程から見る
日本人の心理的、文化的な変化
0148044 人文情報学科 柑本和哉
はじめに
現在、妖怪は水木しげる氏の書いた「ゲゲゲの鬼太郎」のような存在が思い浮かぶかもしれない。しかし、彼ら妖怪は近代に急に生まれたものではない、平安時代にはその存在がよく見られるようになり、妖怪たちの行列である百鬼夜行が行われていたとされる。
本論文では、現代にいたるまで妖怪はその姿を変えている所に、時代を移る中での心理的、文化的な影響があったと考え、妖怪の変化の過程を見る事で心理的、文化的な変化がどう影響を与えてきたかについて述べていく。
第1章 現代における妖怪
1-1 現代における妖怪の定義
1-2 現在の妖怪、彼らに見える変化の特徴
過去の妖怪観との比較のために、現在あげられる妖怪の定義について述べると共に、現代の作品から現在の妖怪観を提示して行く。
ここでは柳田國男氏の考えから妖怪と幽霊について明確な差を提示し、本論文では妖怪として述べた部分だけを論じている。
現在妖怪は「ゲゲゲの鬼太郎」の様な妖怪と共に、近代に生まれた存在だけでなく、江戸時代から見られる妖怪など現在でも過去の妖怪たちはその姿をとどめている。
また現代に妖怪を題材として書いた小説からは、物語の一要素として取り込まれている妖怪の存在が見えてくる。
第2章 日本妖怪の変遷と文化のかかわり
2-1 年代別に見る妖怪の文化的史料、そこに見える妖怪の定義の変化
平安時代
室町時代
江戸時代
2-2 年代別による具体的な史料の提示
平安時代の妖怪たちは、描写が曖昧で、名前を持つ者もほとんどなく、目撃例などかかわりを持っていたのも貴族が中心であった。
室町時代になると、道具に魂の宿った付喪神が増えてくると共に、この時代には、人間に対して好意的な立場をとるものが現れ妖怪の立場がそれぞれ異なってきていると共に、「すす払い」の文化に合わせて妖怪が生まれるようになるがこの当時も大衆と妖怪のかかわりは受動的なものであった。
江戸時代には、妖怪の出現場所や時間が変わり、書き手の発想や、当時の現象などから妖怪の存在が考えられ数多くの創作妖怪が生み出されていく中で、恐怖を感じない妖怪、人にとって好意をもてる存在が現れる様になり、それまでの時代とはまったく異なる、娯楽としての妖怪も生み出されて行く事になる。
文化の変化としては、平安時代、貴族が中心であった妖怪は、室町時代になっても、印刷物などを通して多くの人に知られる事は困難であった。しかし、江戸時代になると出版物は数多く出され、多くの人に認知、されていった事でプロの作家などを生み出し妖怪の多様化を生み出して行ったと言える。
第3章 文化が交互に与え合った妖怪の変化
3-1 江戸時代における文化のかかわり
江戸時代になると出版物の普及や、百物語の様に、妖怪が知られる機会が大変多くなってきたとともに、民話や百物語、また、江戸時代の絵師達によって、交互に影響を与え合い、妖怪の存在を固定して行った。
娯楽としての妖怪は十偏舎一九「貧?蜻蛉返」など滑稽さを付け加えられると共に現在の妖怪との重なりが見えてくる。
さらに江戸時代になってあらわれた遊びや職から生み出されるなど文化の上に妖怪が生み出されており、文化の発展との密接な関係が伺える。
おわりに
妖怪は、貴族から大衆へと対象を変えることでその存在を多様化させていくと共に、恐怖の対象としていた平安時代、室町時代の妖怪達とは違い、江戸時代、妖怪という存在を知る人が増え、人が恐怖を楽しむ心理を持った事から、それまでの妖怪とは別に、妖怪が娯楽として多様に生み出されてきた事から、文化としてつくられる段階において多くの人に知られる事が必要であったのではないだろうか。
そして、娯楽としても止められた妖怪たちが、江戸時代に滑稽本などを通じて生み出されていったように、時代における心理的変化が、妖怪の変化に大きな影響を与えていると言える。