これまで、世界と日本のミイラについて調べてきた。その中で、果たして世界各地のミイラと日本のミイラに共通点はなかったのだろうか。また、相違点はどんなところであるのか。
世界には、様々なミイラが存在しているということは、第一章で述べたとおりである。それぞれの文化や思想といったものがミイラ作りに影響しているということも、先に述べたとおりである。
古代エジプト人は、魂の不滅を信じて、再生するための器として肉体をミイラにして残した。インカ帝国では、前にも述べたように人間の死後は復活が信じられていた。胎児のような形になるよう体を折り曲げ、それを母親の胎内に似せて作られた墓穴に入れた。そうして、ワラと粘土で密封して、昇天した魂が再び地上に降りてくる日を待っていた。
日本の場合は、どうであろうか。死後、復活するという古代エジプトやインカ帝国の死生観とは、まったくといっていいほど、違うということがわかる。
日本のミイラ信仰と少し似ている世界のミイラの中に、中国の肉身仏やチベットのダライ・ラマやパンチェン・ラマがある。これらは、仏教に関係するところである。
中国の入定ミイラは、多少の違いはあるものの、日本のミイラ信仰に一番似ている。遺体を仏像として拝むところは、日本の即身仏信仰とそっくりである。これはやはり仏教の流れの上に共通することであるということが言えるであろう。
その土地によって死者に対する考え方の違いというものを教えてくれる。ある地域では、死者に対する恐れからミイラ作りをするという。また、ある地域では、愛情をもってミイラを作る。
それらはいずれも日本のように、ミイラを信仰の対象として作ってはいない。
結論として、日本研究グループの小片氏(1969)が「わが国の入定ミイラは世界でも特殊な存在であり〜」といっているように世界のミイラとは比較できないのである。