インド学仏教学 における LaTeX2e の利用 |
MINOURA, Akio |
草稿 2003.1.6 updated 2004.2.15 |
目次 |
1. はじめに |
インド学仏教学の分野では,コンピュータ上でサンスクリット語,パーリ語,チベット語,漢語を扱いたいという要求があります.あるいは,その他にもイン
ド,東南アジア,そして中央アジアの諸言語を扱わなければならないかもしれません.これらの言語をコンピュータ上で処理するための方法が,今日まで様々に
検討されてきたことは御承知の通りです.今日までの多言語処理の試みや問題点についてここで逐一紹介することはできません.「多言語処理」の問題を議論す
る場合には,コード体系・フォント・入力機構など多くの観点から問題を述べなければなりませんが,ここではそのような問題を論ずるのではなく,インド学仏
教学の研究者が論文を作成したり,プレゼンテーションの資料を作成したり,印刷所に入稿するための版下を作成するための一つの有効な方法として
LaTeX の利用法を紹介します. インド学仏教学の研究者は,論文などでは通常サンスクリット語・パーリ語の表記にはローマ字転写を用いますが,ときにはデーヴァナーガリーをはじめとす るインド系の文字を必要とすることもあるでしょう.また,チベット語の場合,近年ではワイリー(Wylie)で表記することが多くなってきましたが,チ ベット文字の表示が必要なこともあります.さらに,漢語のテクストを多く扱う必要もありますので,JIS に含まれない漢字をも同一のドキュメント内で表示したいという要求もあります.そこで,LaTeX2e を利用してこれらの文字が混在した原稿を作成する方法を説明します. TeXについてまったく馴染みのない方は,次に紹介する書籍やインターネット上の各種ドキュメントを御覧下さい.インストール をはじめ,日本語 TeX については多くの情報源がありますが,奥村晴彦氏の「日本語TeX情報」が有益 です.インターネット上の TeX に関するサイトもたくさん紹介されています.また,現在では日本語で書かれた参考書もたくさんあります.以下の書籍を参照してみてはどうでしょう. |
|
上記 1. は入門者に最適の一冊と言えるでしょう. TeX
についてまったく御存知ない方は,単に使い方を機械的に覚えるだけではなく,ぜひともこの書籍の第1章「TeXって何?」から読んでみて下さい.〈技術評論社のページから本書の目次を見ることができます.〉 2. も入門書としても最適ですが,より詳細な解説がなされています. 3. はもう少し進んでマクロやスタイルファイルの作成にまで踏み込みたい方には便利な参考書であると言えます.その後,続編(4.)が出版されました.もっと も,3. や4. は本格的にマクロの勉強をしたい方におすすめします.最初から3. や4. を紐解く必要はないでしょう. 基本的な事項は 1., 2. でもわかりやすく解説されています.ともかく,LaTeX そのものの説明は上記の書籍などに譲り,以下の説明ではあらかじめ LaTeX2e,Dviout がインストールされていて,使い方について基本的な理解があることを前提として説明します. 筆者の場合, LaTeX2eは上記の乙部・江口氏のものを,Dviout は Ver.3.15.1 を使用しています.OS は,Windows2000 です. # TeX の開発者 Donald E. Knuth のホームページ # LaTeX の製作者 Leslie Lamport のホームページ |
2. サンスクリット語・パーリ語のローマ字転写の表示 |
ローマ字転写に使用するダイアクリティカルマークの表示は非常に簡単
です.LaTeX の参考書の中でたいてい説明されていますが,入力方法を以下に示しておきます.ただし,母音の r( r の下に白抜きの丸)や母音
l(
l の下に白抜きの丸)を表示するにはマクロが必要です.rl-uc.sty
というマクロを作成してありますのでお使い下さい.それをあらかじめプリアンブルで, \usepackage{rl-uc}
と指定しておくとよいでしょう.あとは下記の表の通りに入力すれば,それぞれ対応する出力結果が得られます.大文字で記述したいときは,ブレースで括られ た文字をそれぞれ大文字にします.例えば,\={A}, \'{S} といった具合です. |
|
3. デーヴァナーガリー文字の表示: Sanskrit for LaTeX2e Package の利用 |
デーヴァナーガリーのような文字を扱う場合,LaTeX
では,一定のルールに従って入力したソースをプリプロセッッサで変換した上で,それをコンパイルするという方法を取るのが一般的です.ここで言及する
Charles Wikner 氏の Package に含まれるプリプロセッサは ANSI C
のソースファイルですので,コンパイルして実行ファイルが生成可能であれば,どの
OS でも利用可能です.いまは Windows2000 上で行います. この Sanskrit for LaTeX2e Package を利用することによって,デーヴァナーガリー,またヴェーダのアクセントも表示可能です.加えて,ローマ字転写の際に用いるダイアクリティカルマークの表 示も可能になっています.もちろん,このパッケージを用いなくともダイアクリティカルマークを LaTeX2e で表示することは可能で,その点については先に述べた通りです.これら詳細は,このパッケージのドキュメントファイル sktdoc.ps に記載されていますので,詳しくはそちらを参照して下さい. では,まずこのパッケージを入手するところから始めましょう.どなたでも CTAN(Comprehensive TeX Archive Network)から入手可能です.CTAN について御存知ない方は,奥村晴彦氏の「CTAN とは?」を参照するとよいでしょう.その CTAN のディレクトリ /pub/tex-archive/language/sanskrit/ のファイルをすべてダウンロードして下さい.「CTAN とは?」に説明がありますが,近くの Ring サーバをあらかじめ探しておくとよいでしょう. すべてダウンロードしたら,最初に ANSI C のソースファイルからプリプロセッサの実行ファイルを生成してやりましょう.ANSI Cで書かれたソースファイル skt.c を gcc でコンパイルして実行ファイルを作ります.コンパイラをお持ちでなければ,Cygwin Package を利用するとよいでしょう.ところで,後で説明する TibTeX Package を利用する場合には,perl が必要ですので,同じく Cygwin Package のなかの perl もここで同時にダウンロードしておくとよいと思います. *後に紹介する TibTeX Package
では,Ver.5004以上が必要となります.ヴァージョンがわからないときは,Windowsの場合,コマンドプロンプトで perl -v
とタイプしてみて下さい.ヴァージョンが表示されます.
ダウンロードし,gcc のインストールが完了したら,gcc のパスを通しておいて下さい.設定が済めば,コマンドプロンプトから, gcc
-o skt.exe skt.c
とタイプします.ソースファイル名が skt.c となっているので,ここでは skt.exe としましたが,任意のファイル名をつけてもかまいません.生成された skt.exe がプリプロセッサです. 次に,以下のファイルを,適切な TeX ディレクトリにコピーして下さい. |
|
インストール作業はこれで完了です. では,デーヴァナーガリーを表示で きるか実際に試してみましょう.デーヴァナーガリーの入力規則については,このパッケージに含まれるドキュメントファイル sktdoc.ps のなかに説明がありますのでそちらを参照して入力して下さい.そしてデーヴァナーガリーで表示する文字列を {\skt } で囲みます.例えば,以下のように入力し,仮に test.skt という名前で保存してみます.黒色で示した個所は,この Charles Wikner 氏の Sanskrit Package で規定されている規則に従って入力したサンスクリット 文.赤色で示した個所は LaTeX のタグ(コマンドシーケンス)です. |
\documentclass[a4j]{jarticle} \usepackage{skt} \begin{document} {\skt aasiid raajaa nalo naama viirasenasuto balii|} {\skt upapanno gu.nair i.s.tai ruupavaan a"svakovida.h||1||} \end{document} |
4. チベット文字の表示: TibTeX Package の利用 |
チベット文字を表示するための TeX Package
は,筆者が知る限り四種類ありますが,現在のところ最もよいと思われる福田洋一先
生が作成された TibTeX Package を利用してみましょう. コンピューター上でチベット語を扱うことができるプログラムは TeX の Package を含め複数あります.しかし,それらはフォントのデザインがあまりよくないように感じられたり,あるいは様々な結合文字をうまく表示できないものが多いよ うです.とくに,表示できない結合文字があれば,実際には利用できないでしょう.もちろん,デーヴァナーガリーや漢字などの異なった種類の文字も同時に表 示可能なソフトウェアで研究者の要求を満たしてくれるものはありませんでした.以前から大谷大学真宗総合研究所の西蔵文献研究班では, Macintosh OS 上で動作する Tibetan Language Kit (以下,TLK) の開発が進められてきました. *2003年6月現在は,OS9.2対応版までリリース済み.今後ヴァー
ジョンアップしOS
X対応版をリリース予定とのこと.
この TLK は,結合文字の表示に関しても非常に優れたプログラムですが,残念ながら今日まったく問題なく動作するワープロソフトがありません.よって TLK を使って細かなレイアウト設定のドキュメントを作成することは望めませんでした.いまのところこれらの要求を満たすためには,TibTeX Package を用いるのが最も実際的でよいと思われます.この TibTeX Package の場合は,修正も素早く行われています.実際に,諸研究者からの声によって修正点が随時反映されてきました.これは研究者にとって大きな利点です. TibTeX Package は,福田先生のホームページから入手します.ホームページのなかのチベット文字のコンピュータ処理に,設定方法とそ の使い方についての解説もありますのでまずはそちらを見ていただければ十分です.とくに Macintosh を利用される方にとっては,他にも便利な tool(道具)がありますので,それらも利用されるとよいでしょう.また,perl は,先の gcc と同様に Cygwin Package を利用するとよいでしょう.(*perl にしろ gcc にしろ,必ず Cygwin Package でなければならないという意味ではありません.) 基本的な使い方の手順は他の言語の Package と同様です.この TibTeX Package においても,一定のルールでチベット語を入力しておいて,それを perl のスクリプトで変換処理した上で,コンパイルするという方式を取ります.例えば先に説明したデーヴァナーガリーの Package と処理の手順は同様ですが,プリプロセッサの実行ファイルを用意するのではなく,perl のスクリプトで処理する点が異なります.よって,LaTeX2e, dviout, TibTeX Package に加え perl をあらかじめインストールしておく必要があります.perl のヴァージョンは5004以上でなければなりません. では,簡単に説明しましょう.まず,御自身の使用するOSに合うものをダウンロードして下さい.ここでは Windows2000上で使用しています. 2003年6月現在では,Ver.0.9b3 (更新日: 2003/4/18) が最新版です.ダウンロードしたら,展開した上で「TeX用チベット文字 処理パッケージ」の説明に従ってインストール作業をして下さい.インストール作業はいたって簡単です.ただし,それぞれの環境によってフォルダ構 造やファイルの所在が 若干異なりますので,注意が必要です.ここでは詳しく説明しませんので,福田先生の説明を参照しながら各自作業して下さい.インストールが完了したら,福 田先生が準備された,sample フォルダのなかの tibtexsample.tib ファイルを使って動作確認をしていただければ結構です.しかしここでは別にファイルを準備して試してみましょう. |
\documentclass[a4j]{jarticle} \usepackage{tibtex2} \begin{document} [TA] [Peking to 216a4-6] < shes rab ni chos rab tu rnam par 'byed pa'o zhes bya ba la / rab tu rnam par 'byed par byed pas na rab tu rnam par 'byed pa ste / gang gis yang dag pa dang log pa nyid dang rang dang spyi'i mtshan nyid 'dres pa'i chos rnams la rnam par 'byed par byed cing rtog pa ste / 'di dag ni zag pa dang bcas pa rnams so // 'di dag ni zag pa med pa rnams so // 'di dag ni gzugs can rnams so // 'di dag ni gzugs can ma yin pa rnams so zhes bya ba lta bu'o // > \end{document} |
上記のようにプリアンブルで, \usepackage{tibtex2}
と宣言しています.これがこのチベット語 TeX のマクロです. チベット文は拡張ワイ リーで入力 しておき,チベット文字で表示したい個所は< >で括ります.ファイル名の 拡張子 は,tib としておきましょう.ここでは,tibtest.tib としてみます.そしてコマンドプロンプトで, perl
-x -S tibtexconv.pl tibtest.tib
とタイプすれば,tibtest.tex が得られます.この tibtest.tex を通常通りコンパイルして得た tibtest.dvi をプレヴューで確認してみて下さい.『倶舎論実義疏』の一節です. |
上記のような出力結果が得られたなら成功です. |